プロ

私が子供の頃は、山や野に行ってツバナ シシント オギナ など春の山菜の食べられるもの そうでない物は年上の先輩から教わった 高罠 地罠 ウサギ罠

 小鳥や鳩 ウサギの止め足のことなど捕り方も食べ方も みんな年長者と遊びながら教わった。

 此の木は硬いからここに これはねばいからここに 是には毒があるからこう使う

是は腐りにくい、 この木は雨降りでも火付きが良い これは割れ易い

 この木の皮はあそこに使う この根は美味しい この実はこうやって食べる

此の木にはこんな虫が着く この花が咲いたらこれを植える時期に良い

 言い出したら限がないくらいいろいろなことを皆に教えてもらった。植物のことも

昆虫のことも お天気のことも 魚のことも動物のこともみんなみんな教えてもらった

 それは百姓のおじさんであったり 近所のおばあさんであったり 父や祖父であったり

友達であったり 自分の取り巻きの人たち皆が 先生であった。

 何の肩書きも持ってない普通の田舎の人たちが先生であった。

併し今は違う、プロとして肩書きを持って 何とかインストラクター 何とかアドバイザー

 何とかコーデイネーターなる人たちが先生になった。

 

  其の頃から、人の生活から自然が離れていった。。 人の暮らしと自然の間に大きな谷が出来ていった様な気がする。

 先月二十三日大分県と環境省主催の[国立公園指導員会儀」の年一回の講演会があった。 其の話を聞いてつくづつそう思った。

 そして自分は何時までも田舎の百姓のおじさんであり続けようと思った。