おわてのおじさんのブログ

2016年

6月

16日

山羊の子どもが生まれました。

先日、山羊の子が生まれました。去年は、親がお母さん山羊が子宮脱をして、大変でした。今年は、親の運動をよくしたおかげで、無事に跡取りのメスが生まれました!今が一番かわいい盛りです。

2014年

7月

04日

番犬

 三日前の夕方娘とスモモを採りに果樹園に行って帰りがけ、

十三曲がりで、突然車にドンと突き当たった物があった。

雌しかでそのまま逃げて行ったが、車の左前が凹んでしまった。近頃

鹿や、イノシシが増えて農作物に被害が多くなってきている。

 そこで、補助金つきで電気柵や金網があちらこちらで良く目に付くようになった。

県南方面では特に多いようにある。

 飯田高原のある部落で集落の田んぼを金網で囲ったら猪は出ないが

マムシが多くなったと言う話を聞いた。

あの金網は、大きな動物は通さないが小さい動物はくぐって行き来する。

 そしていつも管理しないと蔓がまかりついて草刈機で刈るにも、金物で地面の際は中々難しい。

 今は良いが、五、六年するとみんな年をとって維持管理できなくなるのでは無いかと心配になる。

 それより自分は番犬はどうかと近頃真剣に思う。

今は、ペットの犬が多くて番犬や猟犬が少なくなったそして、犬は放してはいけなくなった、私が子供の頃は何処の家も犬は放し飼いで、イノシシや、鹿、などは簡単に人家の近くにはこれなかった。

 狩るにも勢子の人が犬と一緒にイノシシを追い立てていたが、今は、

檻の中に餌を入れた罠でイノシシは獲る。又は獣道にワイヤーの罠を仕掛けてとる事が多くなって益々人家の近所まで出てくる様になった。

 それなら、昔のように夜だけ、犬を放したらどうかと思う。

人に噛み付くような犬は困るが、イノシシや、鹿を追うような、又追わなくても、人家付近をうろうろするだけで犬の匂いがするだけで、大分里に下りてくる害獣の防御になるような気がする。

 イノシシも,鹿も、狐も狸も、そして犬も人間もみんな、同じ自然界の大きな歯車のひとつとして、共存して行きたいと思う。

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2014年

7月

04日

鶏の子育て

今年も地鳥の雛が生まれました。

 親鳥が大事に二十一日間自分の体温で温め孵しました。美味しい餌を

見つけると、親鳥がコッコッコと鳴きます、すると雛達は一斉に

親鳥の口元に集まります。危険が迫ると親鳥の声で雛達は伏せじっとしています。

野生の動物は、親の教えと大半自分の持って生れた本能だけで厳しい自然界の中で、生抜き子孫を残します。

 去年は孵卵機で孵し電気の熱で私が何も教えてあげる事無く育てました。

ですから、本能だけだと思います。

 言葉では中々言い表せませんが、どこか、何かが違います。

一羽で遠くに平気で行ったり、夕方になっても帰って来なかったり、

一人だけ群れと離れていつも問題を起こします。

 親の生き抜く教えの大事さを鶏から教えられます。

社会に馴染めず、ニートや引篭もりが何十万人も居る今の日本の状況を

思うとき、生き抜く親の教えの大切さを考えさせられます。

 

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2014年

1月

13日

寂しく成りました

去年の八月に隣の伯父さんが88歳で亡くなって、伯母さんが一人居たのですが、十一日に隣町の施設に行きました。我が家にとっては本家家に成ります

そして、直ぐ下のおじさんは、急に腰が悪く動けなくなって、年金病院に入院しました、そこのおばさんは少し痴呆性が出ていたので、留守が難しく

そう云う施設に行きました、後に残った若い人〔40代〕が一人で牛の世話をしています。此処一ヶ月でおわ手の近所の家が本当に寂しくなってしまいました。

過疎 高齢化が確実に来ていることを感じます。

 なんだか寂しい限りです

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2014年

1月

13日

本年も宜しく

明けましておめでとう御座います 本年も宜しくお願いします

 たいしたこともせぬ内に、一月も半分過ぎてしまいました。

 二日に東京で働いている、友達(29歳)が友達と二人できた。

 三月からアフリカのブルキナファソと言う国に二年間、青年海外協力隊で行くので報告に来てくれた、初めて聞く国だった。

 自分もシニア協力隊で行きたいと思っていたので盛り上がって話をしたが

其の晩、胃が痛くて痛くて寝られず、夜明けを待って当番医に行き点滴を受け、四日に行きつけの病院で胃カメラを飲んで検査を受けたら、

 正月の暴飲、暴食で胃が荒れていると、言われた。

以前は感じなかった[歳のせい」をとても感じました

 生活習慣の違う異国に行くことに少し不安になっているところです

 まだ行くと決まったわけではありませんが

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2013年

8月

16日

蜂 の季節

今年も又、蜂の季節が来ました。

 今年は梅雨が早く明け雨が少なかったせいか、早くから割りと大きい巣が有ります。お盆前に十二個行ってきました。そして今頼まれているのが

十個ほどあります。

軒先にぶら下がっているもの 壁の隙間に出入りしているもの

 屋根裏に巣を作っているものなど色々ですが、今年は割りとぶら下がっているのが多いかなと思っています。ひょっとしたら大きな台風や大雨は来ないかも知れません。

 二階の軒の高いところにあって、まず普通の生活では刺される心配の無いのに、[スズメバチ」というだけで怖がって退治を依頼して来る人も居れば、玄関の真上で少しかがまないと頭が当たるぐらいのところにあっても、余り気にせず刺激しないように共存している人も居ます

 今は中々蜂にとって住み難い世の中になってしまいました。

一昔前の人たちのように、[軒先を蜂にも貸せないような家は栄えない」

とか「蜂は一匹から僅か半年で数千倍になるのでまんがよい」

などど考える人は少なくなってしまいました。

刺されると危険な蜂や、マムシ、食べたら一家全滅のきのこなど、が私達の身の回りには割りと沢山居ます、あります。

 だから九重の自然は豊かなのです。美しいのです。

そして、平然と、普通にそれらと暮らしている人たちを、私から見ると

とても素敵な人に見えるのです。

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2013年

7月

19日

kusa くさ 草

今日は午前中、とうきびの中の草をむしった。最初に植えたとうきびが、

あと一週間程で食べ頃になる。周りにネットを張って、トタンで囲った。

それでも狸、穴熊が狙っている、畝の間の草をとってきれいにかたずけて

隠れるところが無いようにしておかないと、中々人間にまでありつけない。

 昨日までは四日ジャガイモを掘ったダンシャクとキタアカリで

コンテナに13杯あった、豊作だった。その跡にすぐ昨日小豆を蒔いた

 田んぼの草はあきらめた、鴨が入っているところはまあまあ良いが

入ってないところは草だらけで除草機を押したり アイガモンと言う機械を草刈機の先に取り付けて畝のあいだを取って 後は人間が一人五畝づつ

手で十日ほど取ったが まだまだいっぱいある。今の時期は 田んぼの中や畑そしてあぜ周りの草との戦いのようだ。

 夜近くの温泉に行くと「今、何をしよるへー」と聞かれる

世間では田んぼや畑や庭の除草は除草剤でするから、今は仕事が一息つく頃なのだ、でも自分の家は毎日ウーファーの人たちと草取りである。

 除草剤を撒けば三十分のところが手で取ると何日もかかってしまう。

朝早く行けば露でびっしょりになり、日が昇ると暑さでボーとなって 

 夕方は蚊とブヨの攻撃にあう。 こんな時一人では負けそうになってしまいそうな心を、有機の仲間が励ましてくれる。

 「夏の間は人間の手は草むしりの道具になる、春は田植えの道具で

秋は、稲刈りの道具になる、こんなありがたい道具は無い、

手が人間の手に戻るのは、仏さんに手を合わせる時だけだ」。

、、、、昔の人はうまいことを言ったものだ。

2013年

7月

09日

梅雨が明けた

ここ十日ほど全く太陽を見ない日が続いたが昨日から二日、久しぶりに

お天当様の顔を見た。

 梅雨があけて、お盆までが一年で一番楽しい季節のように思う。

お盆が過ぎると、ススキの穂が出て、稲の穂がくるぶく様になる、そうなるともうなんだか、少し寂しさを感じるようになってくる。今日は、

筌の口(うけのくち)温泉から帰って、おわての庭で電気を消して

真っ暗にして星を見ながらお茶をした。

 遠くにカエルの合唱を聞き、近くの山にフクロウの鳴きを聞きながら、満天の星を見た。

 三個流れ星を見た、小さく遠く人工衛星が南から北西の方へ行った

蛍が一匹つかず離れず私達の周りを飛んでいた。

飛行機が赤と青のライトを点滅させながら、南のほうに行った

 ウーフの兄ちゃん二人と自分の、男三人で、何事も無く無事明けた

梅雨に感謝しながら、久々の星空観察をしました。

 これからお盆までが、私の一番好きな飯田高原の季節です。

2013年

6月

27日

旅立ち

今年も おわてに色んな鳥が巣を作りました。

最初は蔵の軒につけた巣箱からシジュウカラが、巣立ち今は二回目のシジュウカラが前畑の合歓の木の巣箱で雛がだいぶ大きくなっています。

裏の栗の木の低いところでは、アオゲラが穴を開けて子育てをしています。

前を通ると、 だいぶ大きな雛の声が聞こえます。

そして、スグリの藪の中ではホオジロが四個卵を温めています。

 もう、二三日で雛が孵ります。

下の畑の横の竹藪の中の椿の木ではヒヨドリが、巣立ちました。

今年もいろんな、沢山の鳥たちが「おわて」をふるさとに巣立ちをしていきました。

 なんだか嬉しくなります。

2013年

6月

12日

大きな命 小さな命

今日は色んなことがありました。

 今日は、牛のせり市の日で、近所の牛もせりに出される為に大型トラックのところまで

自宅から約三百メートルほど引いて行くところで、牛が暴れだしどうしてもトラックに乗らず、逃げ出して、十メートル程の急斜面を落ち、下の田んぼに落ちました。

後ろ足の骨が折れて、泥田の中で身動きできなくなりました。

 どうすることも出来ず、みんな遠くから見ているしか出来ませんでした。

結局、獣医さん共済組合の方が来て、クレーンで吊り上げトラックに載せ、犬飼町にある、屠場に連れて行きました。

 何事も無ければ、今日の市場で四、五十万になったのが、反対に大きな損失になってしまいました。

 この場で死んだら、廃棄物扱いでもっとお金がかかるので、早く行かなければなりません。 牛もかわいそうでしたが、今日まで可愛がって育てた、農家のおじさんも

言葉がありませんでした。

お昼までそこでウーフの二人と私と三人加勢して(見ているだけでしたが)、午後

アイガモの雛を田んぼに連れて行き、今日がはじめての鴨の雛達を田んぼに入れ慣れさせていたら、一瞬に隙にカラスに一羽持って行かれました。

 ピイピイ鳴く雛を隣の家の屋根の上でカラスが突き殺して巣へと運んでいきました。   カラスの巣では雛達がお腹をすかして待っています。仕方ありません。

 今日の子牛も何日か後には、どこぞのレストランで美味しい子牛の肉として、グルメ好みの方のお腹に納まることでしょう。

 ウーフの二人の若い男性と「いのち」を改めて考えた一日でした

2013年

5月

29日

結婚

四月から,家に来ている男性が彼女を連れてきた。まだ式の予定は無いが、

結婚するつもりと言う。

この前は、彼女のご両親とおばあさん、兄弟が来てくれた。彼の二親も来た。

 彼女は、三十分くらい居て、彼が福岡の彼女の家まで送っていって、そのばん

彼女の家に泊まって、翌日早くに帰って来た。

彼は、彼女のご両親や家族の方たちととても仲が良い。

義理の親や義理の兄弟と本当にうまく上手に、付き合っている。

 今度彼女のお姉さんが結婚すると言う。そうすれば義理の甥か姪が出来る。

血肉を分けた血族の親類と自分の配偶者親族、つまり義理の親族とこれから長い付き合いが始まる。

しかし、自分の子供にとってはみんな、血族になる。

 結婚すると言うことは、他人同士がみんな都合よく付き合っていかなければ

ならない。 時には不本意なことでも笑顔を作らなければならない時もある。

実の親には使わない、気も使う、そんな気遣いをしながら何時かは、

自分も舅親になる日が来る。

 二月から家に来ている福井の女性も四月に彼が訪ねてきた、今年の秋十月に結婚式を挙げるそうだ。本当に良く気の付く、笑顔の可愛い女性で、彼もまたとても優しそうな、方だった。

 結婚して、義理の親、兄弟が出来、夫になり父親になり、そして今度は自分が義理の親になる。結婚とは、いろんな立場の自分になると云うことだ。

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2013年

5月

15日

春が来た

へびの交尾
へびの交尾

田植えの準備を毎日しています。

 田んぼに、本家の馬屋の肥を運んで皆で田んぼに広げ、トタクターですき込み

水を入れて、荒開けをします、それと同時にくろ切りと言って、田んぼの周りの

草きりをします。

 一週間前、切った草を松葉かきであつめていたら、いつも我が家の田んぼに居る

シマヘビと真っ黒のカラスへビが交尾をしていました。

 写真をそっと撮って、ごめんなさい ごゆっくり。

 

我が家の田んぼの「主」さんです。

2013年

5月

15日

鴨の雛

苗代の苗もだいぶ伸びて、後一週間ほどで我が家の田植えが始まります。

 鴨の雛も後五日で孵化の予定です。

一昨日、早めの頼まれの雛が20羽生まれました。

一羽四百円ですので八千円です。隣町の方が夕方取りに来て、

次の朝六時過ぎに電話があって、全部一晩で何かにやられたので,もう二十羽

ほしいと言ってきた。

 この方は去年も、同じようにして何度か雛を持っていった。

もし,これが生き物でなかったら、また買ってくれる良いお客さんなのだろうけれども

 生きている雛では、複雑な気持ちになります。

大きく育っても最後は人間に食べられる鳥です。  雛のときに、動物に食べられる事と、大きく育って人間に食べられるのと、どちらがどうか?

 改めて、いろいろ考えさせられた鴨の雛でした

 

2013年

4月

28日

ジャガイモを植えた

 遅くなったけど 一昨日ようやく、ジャガイモを植えました。

もうだいぶ芽が伸びて早く土に入れてくれといっています。

右からメークイーン キタアカリ 中まで真っ黒 外赤中黄色のやつです。

今までの大方三倍位千個ほど植えました。

 今年なぜ多いかと言うと、鶏の餌にしようと思っています。

もちろん良いものは人間用です。去年生まれた地鶏二十羽には配合飼料をやらず

くず米と、クズ麦、くず大豆、醗酵米糠 クズジャガイモに残飯、青草を与えています。

大豆とジャガイモはいろりで柔らかく煮てやるととても良く食べるので、

今年は芋を沢山植えて、鶏をもう少し増やそうと思っているからです。

 自分の家で餌を賄おうと思うとトウモロコシが良いのですが、ジャガイモのほうが、出来やすいからそれに今年は挑戦です。

 何度かブログに載せた我が家の鶏にたべさせます。

肉も卵もとても美味しいです。そして何より安心です。

 ジャガイモと 鶏を食べにきて下さい。

2013年

3月

27日

野焼き

今年は坊がつるを除いて,奥郷の上野と自然学校が二十四日 一目山が二十六日と二箇所が日延べ無く,予定どうりに野焼きが終わりました。

二十四日の方は今年もウサギの大きいのが私の見ただけで四匹出ました。

一目山のほうは割りと広いのに毎年なにも出ません。何か住み心地の良し悪しがあるように思われます。

野焼きが終わって真っ黒に野原がなるといよいよ、飯田高原に春が来ます

私的には、春が来たと言うより、[冬が終わった」と言う感じの方が強いです。

 後、泉水 タデ原の野焼きが三十一日にあります。

野焼きに行くと、地元の人 消防の人 ボランチアの人等でわいわいがやがやしていますが、一旦野に火が入ると、緊張感とともに身が引き締まり、張り詰めた様な心持になります。火を引く人は、火を見ながら 風を感じて 地形を読んで 人を見て時には大声で喧嘩をしているかの様に大声で怒鳴ります、

 [馬鹿たれが、急がんか」[一番火が早えじゃねえか」[何しちょるとか?ぼやぼやするな」などなど大きな声が飛び交います。

そんなこんなで火が納まると、安心感とともにくたびれがドッと出ます。

やはり野焼きや消防団の人など、咄嗟の時に携わる人は普段から、親、兄弟

以上に、親密に仲良く又何でも言い合える仲になっていないと、イザと言う時の働きが出来ません・ 何事かにかこつけて、酒を飲んだり、一緒に遊びに行ったり

普段のこう云う付き合いがあってこそ、無事に野焼きが出来るのだ。

 と 改めて感じました。

今年も後一日無事に野焼きが終わります様に。

2013年

3月

21日

五十回忌

今月十七日の日曜日にひい爺さんとひい婆さんの五十年忌をしました。

 昭和三十九年の三月に死んだ爺さんで、私が七つの時です。

ですから、孫に当たるのが私の父と父の従兄弟で八十、九十代です。

ひ孫が私達の世代で五十から七十だいの人たちになります。

この日に合わせて鶏を二羽 鴨を五羽 鯉四匹さばいて、ぜんまい、竹の子

蕗、栗、豆などを煮て、おごさまの餅を前日搗き、お膳、講中椀を拭きあげ

座布団を干し、色々準備をして五十年忌を迎えました。

昔から「大事(おおごと)の五十年忌」と言う言葉があるように、少しくたびれました。

ですがお年寄りばかり久しぶりに顔を合わせて話ができ、喜んでくれました。

このお爺さんは明治九年西南の役の前の年に、ここ蕨原で生まれ昭和三十九年数えの九十で死んで、今年が足掛け五十年、実に凡そ百四十年に及ぶ

爺さんの歴史になります。

 屋根こそ萱から瓦に変りましたが、生まれた家がそのままの形で残っていて、そして、そこに、有縁の人たちが集まって爺さんの五十年忌が出来たことに

 爺さんも安心してくれていることと思います。

何時かは私もそう云う日が来ます。

 その時はこの飯田高原はどうなっている事でしょう?

ふと、そんなことを思いました。

法事の様子
法事の様子
直会
直会
ひい爺さんとひい婆さん
ひい爺さんとひい婆さん

2013年

3月

12日

プロ

私が子供の頃は、山や野に行ってツバナ シシント オギナ など春の山菜の食べられるもの そうでない物は年上の先輩から教わった 高罠 地罠 ウサギ罠

 小鳥や鳩 ウサギの止め足のことなど捕り方も食べ方も みんな年長者と遊びながら教わった。

 此の木は硬いからここに これはねばいからここに 是には毒があるからこう使う

是は腐りにくい、 この木は雨降りでも火付きが良い これは割れ易い

 この木の皮はあそこに使う この根は美味しい この実はこうやって食べる

此の木にはこんな虫が着く この花が咲いたらこれを植える時期に良い

 言い出したら限がないくらいいろいろなことを皆に教えてもらった。植物のことも

昆虫のことも お天気のことも 魚のことも動物のこともみんなみんな教えてもらった

 それは百姓のおじさんであったり 近所のおばあさんであったり 父や祖父であったり

友達であったり 自分の取り巻きの人たち皆が 先生であった。

 何の肩書きも持ってない普通の田舎の人たちが先生であった。

併し今は違う、プロとして肩書きを持って 何とかインストラクター 何とかアドバイザー

 何とかコーデイネーターなる人たちが先生になった。

 

  其の頃から、人の生活から自然が離れていった。。 人の暮らしと自然の間に大きな谷が出来ていった様な気がする。

 先月二十三日大分県と環境省主催の[国立公園指導員会儀」の年一回の講演会があった。 其の話を聞いてつくづつそう思った。

 そして自分は何時までも田舎の百姓のおじさんであり続けようと思った。

2013年

2月

28日

 家畜とペット

山羊と鶏
山羊と鶏

去年の初夏にうまれた地鳥が、大人になって秋遅くから卵を生み出しました。

 山羊の方は、秋に熊本から種オスを借りてきて、年末にやっと種をつけました。

今年の五月末ごろが出産の予定です。

我が家で飼っている、山羊や鶏はみんな家畜、家禽です。  ペットではありません。

 とても良く私達になついています。 鶏は抱いて抱えられてもじっとしています。

捕まえるのに網は要りません。 お客さんが伊藤若冲の絵画に出ている鶏の様だと言います。   私もそう思います。

 何故かと云うと、鶏の生まれながらの性質もありますが、餌と飼い方が違います。

配合飼料を極力与えないで、自分の家に有るものをえさにしています。

 米糠を発酵させたものと、くず玄米 ジャガイモの小さいものを煮たもの

大豆や豆のくずを煮たもの、毎日出る残飯の中でにわとりが好みそうなもの

と雑草を小さく切ったものを練り餌にしてやっています。

 タンパクもビタミンもミネラルも有りません、我が家で調達できるものを餌にしています。 ですから飼育する羽数にも限りがあります。

 私の家の家族と同じような物を食べています。 足らないものは自分達で畑や庭やそこいらで勝手に見つけて餌にしています。

カロリーが低い分とても沢山食べます、其の分糞も沢山します。

 とにかく丈夫です、おとなしいです、 可愛いです。

いくら可愛くても、次の世代の雛が大人になって卵を産み始めたら、肉になります。   

 個の命はなくなっても連綿とつづく命があります。 発情 交尾 産卵 孵化 子育て

そこには命を繋いでいくための大事な行いがあります。 私達人間とまったく同じです。  親鳥の腹で暖められ お母さん鳥の愛情をいっぱい受けて育った鳥です。   そんな鳥の肉や卵です。     美味しいです。

 そして 、今度は私達の命になるのです。

いくら可愛くても、我が家の鶏はペットとは違うんです。

2013年

2月

26日

御久し振りでございます

去年の秋からずっとご無沙汰でありました。

 少しずつ飯田高原にも春が近ずいています。今年もおわてを宜しくお願いします。    そこで「おわて」のお客さんへ」と言うものを書きました。

         お客さんへ お願い

 此の度は 蕨原おわてをご利用いただき ありがとうございます。

「おわて」は農家民宿です、ホテルや旅館、一般の民宿とは少し違います。

ごらんのようにごく普通の民家です。

ここに居る間はここが自分の家だと思ってお過ごし下さい。 土間でも、居間(ないしょ)でも どこでも遠慮なく入って下さい、かまいません。

 みんな、ここに居る間は家族だと思っています。   

 ただし、納戸は開けないでください、此の家の者の寝室ですので。

此の家は、昔の造りです。 襖、障子の仕切りです、ですからバリアフリーも

プライバシーも非常口もありません。  至る所に段差があります、隙間があります。    室内を歩く時は気を付けてください、周りの方は手を貸してあげてください。    又、隣の部屋に何か「気配」を感じたら、よーく考えて、その場に応じて、見ぬふり聞こえぬふりをして「気遣い」の心配りをしてください。

 火事など非常のときはどこもかしこもみんな非常口です、障子を蹴破って逃げてください。  

 現代のドアーのくらしとは少し違います、『思いやりと気遣い」をお願いします。 

それから、此の家は建てられて二百三十有余年になります。(安永六年築)

慶応三年から平成十年まで分かっている分だけでも、二十一人の人が此の家で生まれ、十三人が亡くなりました。

 幼くして夭逝した人 若くて病気や事故で亡くなった人 戦争で死んだ人 天寿を全うした人など沢山の人たちの『思い」が此の家には染み付いています。

 目にこそ見えませんが、今でも感じることがあります。

今居る私たち人間だけの物でもありません。

屋根裏にはネズミ、テン こうもり、イタチ   軒先には蜘蛛 蜂 ツバメ

床下には アナグマ 狸 蛇、ひきがえる。 色んな生き物がいます。

 それだけでは有りません、水神様 火神様 沢山の神様や先祖の方たちとも

一緒に暮らしています。

 それが日本の『民家」です。  なんとかハウスとは違います。

そこのところを御理解下さい。 其の上で御ゆっくり寛いでください。

                                

以上の事を踏まえた上で今後とも「蕨原おわて」を宜しくお願いします。

2012年

10月

10日

お宮参り

今日、末娘がお産をして日開きでしたので、氏神様の白鳥神社にお宮参りに行ってきました。九月七日に女の子を無事出産して今日が三十三日目です。

お陰で母子ともに異常なく安産でした。

 二十四年前、娘のお宮参りの時は、私の母が子供を抱き、私たち夫婦と

十年前に亡くなった、祖母と一緒に同じようにお宮に来ました。

今度は、私たちが祖父母になり、母が曾祖母になり娘が母親になりました。

お宮も、境内の大木も何にも変わりがありませんが、人が一代変わりました。

この次の二十五年先には、母は、この世に亡く私たちが今の母の年代になっていることになります。

 何代も前から、このようにして人は、新しい命が生まれ、古い命が亡くなって命が連綿と続いている、と言うごくごく当たり前のことを今日は改めて感じた日でした。

この小さな命が、大きく育ち次に命をつないでいくまで何時までも変ることなく無事この世が、人類が平和でありますように、御神様に御願いいたしました。

2012年

9月

30日

山羊チーズ造り

先週近くの中学生たちが山羊の乳の飲み比べに来ました。

一頭には青草ばかり、もう一頭には干草ばかりを三日やり、皆で飲み比べをしました。結果は、両方とも美味しかった、干草の方が濃いかったが、青草の方がサラッとしていて飲みやすかった、と言うことに成りました。

同じ青草でも、春から夏にかけての、草と秋の草の違いがはっきり分かりました。

ちょうど今、フランスから来ている、ウーファーさんとずっと一緒に居るAPUの兄ちゃんが、その乳でチーズつくりをしました。今その途中です。

絞りたてのミルクにレンネットを入れて一晩置き、凝固させて水分を取ってだんだん硬くして行きます。

正直私には、チーズの本当の美味しさは良く分かりませんが、フランス兄ちゃんは、良い香りのができそうだそうです。

『フランスには、台風も地震も、火山の噴火も無いけれど、臭いチーズはいっぱいあるよ」と言ってます。どんな味のチーズができるか楽しみです。

2012年

9月

14日

家主さん

今日は夜になって、台風16号の影響か、夕立かとても激しい雨が小一時間降りました。

雨が小降りになって、表に出たら久し振りに、家主さんが桂石の上に出ていました。この方が我が家の「家主」さんです。もうお一方家主さんが居ますが、その方は割りと大きな「ヤマカガシ」です。時々石垣の隙間に現れて、どうかすると、座敷の縁に上がって寝そべっていることがありますが、

こちらの方は、家の上まで上がることは無く、せいぜい土間まで来ます。じっとしていて電気の明かりに寄って来た、虫などを食していらっしゃいます。

 そして、私たち「間借り人」が横を通ると「家主」としての風格と威厳を持った目でわたしたちを見ています。

「家主さん、いつまでもよろしく御願いします」

2012年

9月

07日

人肌恋しい季節

九月に入って、朝晩とても涼しくなりました。

うけのくちの温泉帰りに毎夜見る温度計が十度台になっています。

 こんな夜、特に明け方は、独り寝していると寒さで目が覚め、他人(ひと)の寝ている暖かい布団にもぐりたくなります。

今日近所の若い人と「人肌恋しい季節になったネ」とそんな話をしていたら

若い人曰く「僕は季節に関係なく何時も人肌恋しいヨ」。。。だって。

 人肌の恋しさに季節を感じるのは、年齢差があるのか?と改めて思いました。 そういえば自分も若いときはそんなこと感じなかった様な気がした。

  う~~~ん、なんだか歯痒い、気がした。

 

今夜蜂の巣取りに行って、夕立雨に濡れた屋根が滑って危うく落ちそうになった、脚立は落ちて大きな一枚ガラスを割ってしまった。

おとといの夜は、左腕を刺された、今シーズンになって今夜で22個蜂の巣を取った。これからもう少し慎重に頑張ろう。

2012年

8月

25日

一椀に思いを込めて

昨夜みんなで祝言のお吸い物用の餅つきをしました。

 総勢10人私たち夫婦、私の両親、家内の実家の婆ちゃん、ウーフの人たち私の娘、みんなでわいわい言いながら、男の人はお祝いの気持ちを杵を通して餅に搗き込み、女の人は手を通して丸め込みそれぞれが、心を込めて搗きました。

 紅白の餅の内紅い餅には、豆な子供に恵まれます様にと願いを込めて、煮豆を少し入れます。

この餅は,一の吸い物「お手付き雑煮」にします。新郎のお手が付きます。

      二の吸い物は「ハマグリ」貴方としか合わないそうです。

     三の吸い物は「ゆで卵」今宵二人は卵の仲よ「僕が白身で君(黄身)を抱く」と言うそうです。

大したご馳走でもありませんが、昔の人は一椀の中に沢山の人たちの「思い」を込めてお料理をしました。

 それにしても、冷蔵庫の無い時代に、食中毒を出さずに祝言の日に合わせて色んなおめでたい,縁起食を良く作ったものだと改めてみんなで話しながらわいわいガヤガヤ,明後日に向けて餅を搗きました。

2012年

8月

19日

祝言準備

今週の土曜日我が家で結婚式をする。

我が家に五年前にウーファーとして来た二人が、めぐり巡って五年の歳月をかけて、結婚に漕ぎついた。それは、二人だけの結びつきでははなく二人の家族の病気をきっかけに本当に、「引き合わせ」、「縁」と言うものに引かれて、成るべくして成った、ような不思議なようで、自然な形の結びつきだった。

 世間を騒がせるような大恋愛ではなく、周りに薦められてしたでもなく、

毎日顔を合わせていた二人が、なんとなく心の奥底に秘めていたものに、在る時、自分たちも気がつかない内に、突然「火」がついてあれよあれよと言う間に

心の赴くままに、ごくごく自然な形で一緒になった、まるで「前世」からの決まりごとのような感じの二人の出会い、結びつきなのである。

   そんな二人が8月25日、日本の一昔前の祝言を挙げる。

猫足のお膳を出して、八重椀を拭き、座布団を干し、餅を搗き、料理の用意や 

 何やかや、なにせ、家で結婚式披露をするのは何十年ぶりである。

 どんな風になるか後五日心配と喜びと,気を揉む日が続く。

 終わったら又報告します。

 

2012年

8月

01日

草との戦い

六月中ごろから 七月一杯田の草取りをしました

 最初は手押しの除草機を一町六反押して、その後アイガモンという

草刈り機の先を水田除草ように改良した機械を七反押して

その後手取りを九反ほどした。合鴨は一町歩ほど入れて頑張ってもらった。

やっと田んぼが終わって、鴨も田んぼから上げて、あと一週間もすると、

穂が出る。黒米は今にも穂が出そうなくらいになっている。

そして、梅雨が終わったら畑の草が待っている、本当に毎日草との戦いのような気がする。

お盆までには何とかして一切れつけ様と思っている。

雨の間に今年は「切子灯籠」を四つ作った。今日は組の道路愛護の日で道の草きりに出て、四日はナイトハイクがあるので三日から支度に出る

七日はお墓の掃除がある、あっという間にお盆が来る。

昔の人が、人の「手」は夏は草むしりの「道具」になる

春は「田植え」、秋は「稲刈り」の道具になる。神仏に手を合わせる時だけ「手」に戻ると、言っていたのがしみじみ分かるような気がしてきた。

 本当に人の「手」は有難い。

2012年

7月

03日

庭先果樹

毎日、毎日良く雨が降ります。

畑は水浸し、トマトもナスビもきゅうりも病気になりそうです。

田んぼに行けば草だらけ、毎日合羽を着て草取りをしていますがなかなか追いつきません。一日がいやになります。

こんな時期でも、梅雨の晴れ間に家の周りを廻ると小さな果物がなっています。

スグリ、 グミ、オバンチ、桑 ゆすら梅、ブルーベリー、色んな庭先果樹が生っています。私たちの子供の頃は、「何処の家のグミが美味しい」と近所の家の果物はみんな知っていて、食べていました。

雨降りに沢山食べると疫痢になると、怒られましたが、今はあまりたべる人も居ません。ですが、雨切れたときにちょっと家の周りを散歩してこんな、お店に売っていない一昔前の小さな庭先果樹を見て、少し食べるとなんだか梅雨の鬱陶しさを、忘れさせてくれるような気がします

2012年

7月

03日

庭先果樹

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2012年

6月

12日

梅雨の晴れ間

ガビチョウの巣と卵
ガビチョウの巣と卵

梅雨になりお天気の優れない日が続きます。

 お天気の間は、一雨恋しく思っていましたが、毎日降り続くと「あれもしとけば良かった、これもしとけば良かった」と思うことがたくさんあります。

昨日は、明日から(今日)雨が降るように天気予報が言うので、畑を耕して大豆を植えました。畑の周りは破竹、孟宗の竹山でたけのこがたくさん出ています。今は、破竹と、ゴサン竹の出盛りです去年少なかった分今年はよく出ます。

黒大豆は枝豆で半分、残りは年の暮れに煮ます。枝豆はこれが一番美味しいです。青大豆は黄な粉用残りは味噌豆にします。お豆腐にもします

白大豆はお豆腐用にします、味噌用の白大豆はもう少し後に蒔きます。

大方五畝位蒔きました。

大豆畑の横のスグリの中にガビチョウが巣を作っています。

ヒヨドリより少し小さい茶色の鳥でもともと中国原産の鳥ですが鳴き声が美しいので飼い鳥として飼われていたのが、籠抜けで全国規模で増えています外来種です。飯田高原では少し困った存在で扱われています。

さえずりは、クロツグミやオオルリに似たさえずりですが、あまり高いところではなく、低い藪のようなところでよく鳴きます。

これが、その巣と卵です。とても美しい青色の卵です。

この鳥が増えることで、今まで居た餌や生息場所を同じくするウグイスなどムシクイ属の鳥たちに何らかの影響が出るかも知れません。

でも、 そんなことは別にして、本当に美しい卵です。

2012年

6月

06日

山鳥夫婦

山鳥
山鳥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合鴨
合鴨
目白の巣立ち雛
目白の巣立ち雛

 

初夏になって、色んな雛が生まれました。

今月初めうこっけいが抱卵していた山鳥の卵から雛が七羽生まれました。

仲の良い夫婦の譬え(たとえ)はおしどり夫婦と言いますが、

仲の悪い夫婦は、山鳥夫婦と言います。おしどりはいつも一緒に居ますが

山鳥は夜寝るときは一谷隔てて寝るそうです。飼育繁殖も雉より難しく、雄が雌をつつき殺すことが良くあります。昨日まで何とも無かった番(つがい)が春のある日突然雌の頭を頭蓋骨が出るほどつついて殺してしまいます。

野生の状態なら逃げることが出来ますが、狭い小屋の中では逃げることも出来ず、廃鳥になってしまいます。

だから、山鳥は人工受精をします。これはちょっと技術を要します。哺乳類より難しいと思います。山鳥は、日本特産の鳥で九州南部に腰白山鳥といってとても美しい山鳥が居ます。私たちの大分県には赤山鳥といって、尻尾がとても長い,赤銅色の美しい鳥です。そのほか四国山鳥 薄赤山鳥 北山鳥が居ます

雉は国内の亜種が放鳥事業によって、全部混ざってしまいました。

山鳥はこんなことにならない様に気をつけねばなりません。

 それからやっと田植えが終わって、いよいよ鴨の出番です。

 おわての近くの道路の真ん中で巣立ち直後の目白の雛に親鳥があわてふためいていました、捕まえて道路の端の植え込みの所に移したら早速親が来て餌をやりました。

子供がひとり立ちするまで、親は大変です。

2012年

5月

22日

贅沢な一杯

先週少し早いが新茶を摘んだ、農業体験に来ている北九州の女子中学生と一緒に家の裏のお茶をつんだ。

その前日に家の前の垣根にしている分を摘んで、夕方から釜で,炒っては、揉みを三回ほどして次の夜四時間、次の日雨降りに半日かかって仕上げた。

今度のは、紅茶にした。あまりよく出来なかったが、それでも緑茶ではない、紅茶の色と香りがするお茶が出来た。

もう少し摘んでない株があるので、田植えの合間を見て摘もうと思っている。

我が家のお茶の木で紅茶を作って、この前近くのおじさんの家の床下から取ってきた日本ミツバチの蜂蜜を入れて、生乾きのあぜ草を与えた香ばしい山羊のミルクを入れた、紅茶を、田植えが済んだらお天気の良い風の無い午後に

棚畑の上のクルミの木下で遠くを眺めながら椅子に座って一杯飲もう。

 どこにも無い、我が家だけの究極の味がするはずだ。

 

2012年

5月

12日

鳥の合唱

ガビチョウの雛
ガビチョウの雛

ここ二三日お天気の良い穏やかなお天気で何よりです。

 今日はおわての畑の準備をしました。堆肥と鶏糞を入れてマルチを掛ける仕事です、ここには何を植えようか?と思いながら肥やしの量や、畝の幅を考えながら準備をします。

 すぐ上の山から色んな鳥の声がします。

 ジュウイチ、オオルリ、アオバト、イカル,時々響くアオゲラのドラミング

前のスズぼろに巣をかけているウグイス、ねむの木の巣箱にはシジュウカラの雛が外からでも聞こえる様な大きな声になりました。下隣の家の車庫にはキセキレイの雛がだいぶ大きくなりました。

ホオジロはもうさえずりをやめて地鳴きをしています。多分いつものように畑の土手か、ブルーベリーの中に巣をかけています。家の裏の藪に巣を作っていたガビチョウの雛が昨日巣立ちをして、親鳥の心配をよそに、畑仕事をしている私たちのすぐ近くを、ピョンピョン跳ねています。本来ガビチョウは、中国原産の外来種で、鳴き声えを聞くための観賞鳥が、籠抜けして増えた鳥です。

この雛には何の罪もありませんが、生態系からは困った鳥のレッテルが貼られている鳥です。夕方になると毎日のように決まった高い木のてっぺんでクロツグミが、ひとしきり美声を聞かせてくれます。

草刈機や、トラクターなど機械を使わず、鍬を手に仕事をしていると、色んな鳥の声が聞こえてきます。若葉が日陰を作るようになった、栗の木の下で午後のお茶をしながら、スコープを覗いて畑仕事をしています

2012年

5月

05日

地鳥

地鳥の雛
地鳥の雛

我が家には、うこっけい、ちゃぼ(銀鈴波)と雑種の昔からの何とも知れぬ鶏が居ます。

うこっけいと、チャボはまあまあ良い鳥で、品評会に出してもいいかな?と思われる鳥と、品種は知れないが丈夫で、まあまあ良く卵を産んで、おとなしく、食べて美味しく、自分で卵を温めて上手に雛を育て、人懐っこくて、お天気の良い日には外に出して、何でも良く食べる、大きな鶏が居ます。今年も雛が24羽生まれて、大分大きくなりました。

今の鶏は、卵用種、肉用種にはっきり区別され、昔の兼用種が、あまり見られなくなってしまいました。

親鳥が、巣箱で自分で暖めて雛を孵す、姿を家々で見ることもとても少なくなってしまいました。トリインフルエンザから、庭の鳥が庭からいなくなって,企業の鳥になって、ウインドレス鶏舎で外部から隔離されたところで、効率最優先で卵や、肉が生産されます。肉の硬さは、年をとって古鳥になって硬くなるのと、狭いケージの中でストレスで硬くなるのと、小さいときからの運動と粗飼料による発育の遅れなどで硬く締まった肉になるのと、いろいろあります。

でも、普通人間の舌ではなかなか区別が難しいです。

ですが、我が家の地鳥は、電気の温もりでなく、お母さん鶏の温もりと愛情をいっぱい受けて、何でも食べて育ちます。半年したら種オス以外は食卓に上ります。稲刈りの頃には、鍋姿の良い立派な美味しい鶏になります。

その頃来て下さい。

2012年

4月

26日

みんな一生懸命

罠にかかった狐
罠にかかった狐

春はみんな忙しい、山羊が5匹仔を生んだ、鶏は自分で暖めていた卵から先週7羽雛が孵った。鴨も毎日卵を産んで雛の孵る日を待っている。雉もやっと生み出した。野山では狐も狸もアナグマも、ウサギもみんな子育てに追われている。

だから、元雉小屋で半分倒れ掛かっている、鴨の小屋は狐や狸にとっては美味しいご馳走がすぐそこに置かれているように見える。狸からこの前3羽やられて、今度は狐から三羽又やられた、残った鴨は驚いて卵を産まなくなった。

雌の狐でおなかの乳が膨れている、多分巣穴の中で子供が待っているのだろうと思って、少し懲らしめて放したら、二日後に又4羽やられた。

 春は、子孫を残すために、みんな一生懸命に頑張っている。

2012年

4月

19日

いろいろあった

野うさぎの赤ちゃん
野うさぎの赤ちゃん
山羊の仔が生まれた
山羊の仔が生まれた

今年の野焼きが、何回かの日より待ちの末四月七日にありました

八日が予定日の山羊がちょうど野焼きの日に生まれました。午前中三匹

もう一頭が同じ日の午後二匹生みました。

 雌が二匹と雄が三匹生まれました。

今日で十日になります、みんな元気で一番かわいい頃です。でもいつまでも置いて置く訳にはいきません、一月ほどでどこかに貰われて行きます。

お母さんと一緒に居られるのは長くて二ヶ月です。そうしないと私たちが山羊の乳を飲むことが出来ません、   ごめんネ

 

野焼きはとても風の強い日でちょっと心配でしたがお陰でみんな過ちも無く無事に終わりました、午前中泉水 午後タデ原 夕方自然学校の野原を焼きました。泉水ではウサギが一匹 夕方二匹出ましたが、赤ちゃんのウサギが背中や髭が焼かれて枯れ草の中から出てきました。カヤネズミも一匹捕まえました。

何でも赤ちゃんの時は本当にかわいいです。

2012年

3月

30日

飯田高原の春

きれいに焼けました
きれいに焼けました

昨日の二十九日、野焼きがありました。

 昨日焼いたところは、約二十年ぶりの野焼きです。

あまり風も無く、良いお天気の野焼き日和でした。野を焼いて真っ黒になると「ああやっと春が来た」と言う気持ちになります。

大きなウサギが目の前に飛び出しましたが、私たちに驚いて又萱ぼろの中に逃げ込みました、 無事に逃げたかなあ?

野を焼いて、木の進入を防ぎ、萱など草を生えさせ、草原を維持します。

ダニ,ノミなどを焼くことで防ぎ、牛を放牧します。又放牧しないところは、冬の干草や、昔は屋根萱などに利用していました。又土が締まり草の根が張って

急斜面でも山崩れが起こりにくくなります。

あと一ヶ月もすると緑一面になって蕨やぜんまいが、顔を出し春本番になります。  四月の七日にもう一所、泉水とタデ原の野焼きがあります、それで今年の野焼きはお仕舞いです。焼き込まずに、怪我などせずに、無事に野焼きが終わりますように。

2012年

2月

23日

春めく

にわとこ
にわとこ

 夕べは、少し恐ろしくなるくらい雨が降りました。

 その雨に、冬の寒さも、気配すら押し流されてしまったかのように今日は風も無く

暖かく、良いお天気です。家の中にいるのがもったいないような、一日でした。

なにやら、あれこれして、夕方家の周りを一巡り。

 日向向きの斜面に、水仙が芽を出してつぼみを真ん中に五センチくらい伸びている

オオイヌノフグリがひとつだけ、青紫の花を咲かせている

 ヤブカンゾウが角のような新芽、浅葱が緑の剣山のように枯れ草を持ち上げている

そしてニワトコの芽が大きく膨らんでフキノトウのようになっていた。

 ここまで来たら、もう間違いなく必ず今年も春が来る。

あーー良かった。 ひと安心。

2012年

2月

20日

春がすぐそこ

庭の福寿草
庭の福寿草

 毎日寒い日が続きます。

 昨日は、一家総出で味噌を搗きました、大きな木の樽に二つ合計100キロです

もう一回、今冬中に搗くつもりです。

 寒い中にも、雪の中で、福寿草が花を咲かせていました。

 庭に二箇所あって、毎年花を咲かせます。雪の中で花びらの黄色がロウ細工のように透明感のある、薄いガラスのようです。百年以上変わることなく、毎年同じこの場所で咲きます。春はもう、すぐそこまで来ています。

 なんとなくな、何もせずにあっと言う間に春が来そうです。

2012年

2月

10日

大掃除

天井拭き
天井拭き

 約十年ぶりに畳の表替えをしました。前回の時は畳表をひっくり返したので

 あまり長くは持ちませんでした、今度は表を換えました。

 それで五年ぶりに梁(はり)と天井を雑巾がけをしました。この部屋は二間半X三間半で,十七畳半あります。夏の暑いときに畳干しをすると元に納める時になかなか畳が元どうりに行かずに難儀をしますそれで、めったに、拭かないんですが、久しぶりに足場を掛けてしました。しばらくはすがすがしい、思いがします。

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2012年

2月

05日

八重椀(はちじゅうわん)

はちじゅうわん
はちじゅうわん

 今日は、朝からこんにゃく造りをしました。

  午前中こんにゃく芋を煮ている間、倉にあるお葬式の時の御斎(おとき)に使う

八重椀の箱が壊れていたので修繕をしました。

 薄い木箱で竹の釘で出来ているのですが釘が抜けて壊れました

 写真の左奥が「おつぼ」で中にお菓子をいれふたの上に「おごさま」と言う餅をおきます   右奥が「おひら」で油揚げ一枚の煮た物と切りこぶを入れます

  手前左はお付け椀で味噌汁を入れます。手前右はご飯椀です。

所によって違いますが味噌汁椀のふたに酢物を入れてご飯椀をふせて,伏せ込みにしているところや、初めからご飯椀の中にほんのすこしご飯を入れておき一口食べて必ず御代わりをするところもあります。一膳飯は、悪いそうです。

 この前集落でお葬式がありそのときはこんな八重椀を使いましたが、婦人の人からの提案で今度から弁当にしたらどうか?と申し出があったそうです

八重椀は漆塗りで始末が大変だそうです。

 町の方のお葬式では弁当の御斎が多くて便利が良いとの事です

ですが、御斎(おとき)は、死んだ人と最後の同じ釜の飯ですので、できれば

各家、お椀を持っているなら是非八重椀を使ってほしいと思います。

 少し手間は掛かりますが、昔からの食の文化と思います。

いずれ、しなくなる日が来るでしょうが、出来る間は何とか残したいものです。

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2012年

2月

03日

障子張り

骨だけ障子
骨だけ障子

 毎日寒い日が続いて、外の仕事が出来ないので、今のうちに障子張りをすることにしました。我が家は土間でいろりを炊くので煙で障子がすぐにすすけてしまいます。

座敷の方は土間から遠いのですが、やはり新しく張り替えると黄ばんで見えるので全部の部屋の障子を張り替えました。

 腰高、ガラス入りなどいろいろ全部で48枚です。今日で三日目今日で終わり。

自分は全く手を出さず、

家内と 愛ちゃんとばあちゃんでしてくれました。

そして今月内に表側の畳の表替えをします。35.5枚ですがコタツが半畳板張りが一枚で34畳です。今は畳屋さんが持って帰ってしてくるので簡単で二日もあれば終わるそうです。

今年は八年に一度の「稲荷様」のお祭りが我が家が当番でお座元になるのでと言うことですることにしました。しばらくは気持ちのいい我が家です

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2012年

2月

02日

今日から二月

 昨日から寒い日になりました。

 今日二月二日は今冬一番の寒さです。今日は去年の十二月に亡くなった叔母さんの四十九日のお経上げにお参りに行きました。

 昨日は別府の病院に四年ぶりに検診に行って来ました。

 その前の日は、大分県移動教育委員会が玖珠郡であり、行って来ました。

 その又前の日は青色申告会の総会でした

 明日は九重夢創造塾の役員会です

 毎日出かけてばかりで、家の仕事をしていません、ですが今の時期は寒かったり

雪だったりで外の仕事が出来ないので、よこい(休み)心地は悪くありません

 いくら寒くても 二月になると、心が少し安らぐような気がします

 夕方の日暮れもだいぶ長くなりました、今が寒さの『底」、いくら雪が降っても春は必ず来ると言う確信のようなものが心に芽生えます。

 十二月ごろは今ほど寒くなくても、寒い冬の『底」に向かっていくようでどうも

心が沈みがちですが、なんとなく節分 立春になると「あとは登りだ」というような気持ちになります。

 去年十一月に種付けをした山羊も出産まで半分を過ぎました

 来月の末にはもう野焼きがある、種籾の選別温湯消毒があると思うと春が一気に近くなったような気がします。

 ですがやっぱり寒いです夕べは玄関の前の温度計がマイナス12でした。

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2012年

1月

21日

旧道探検

  今日の午後ビジターセンターの英ちゃんと 今ウーフに来ているチエコスロバキアのフランシスと三人で、豊後中村から飯田高原に通じる十三曲りの北方に出る

手平小野(てびろの)の旧道を歩きました。

 実は一昨日飯田デザイン会議のメンバーで朝日長者の七不思議の看板が古くなったので十八年ぶりに作り変えることになって、話をしているときに、昔の地名が、道路が変わったり、山に入らなくなったことで使われなくなったりして,位置が変わったり

忘れられたりした地名が多いことに気付いたのが事の起こりでした。

 なすび畑、地獄ヶ窪、姫の墓、なきなが原、しろがねがえし、など朝日長者にまつわる地名がいっぱいありますが、実際ここがそこだと分かる人が少なくなってしまいました。車社会になって、歩いていた頃と違い小さな範囲の地名が無くなって行くような気がします。 それと別荘などが出来て「何とかの郷」とか言う新しい地名になったこと、だんだん山などに行く人が減ってきて使われなくなったこと、などによるものと思います。

 そんなわけで今日久しぶりに(七、八年ぶり)に「てびろの」道を歩きました

 そこで感じたことは、以前と比べて道は落石や倒木などありましたが、下草などが鹿に食べられて藪こぎなどせずに歩けた事です。

いのししや鹿の糞が、とても目に付、アオキの葉っぱや、笹の葉が食べられた跡がいっぱいありました。飯田高原でも夜道を車で走るとき、何度か鹿に出会ったことがあります。秋の夜に鹿の鳴く声を聞いた事もありますが、今日の食痕と、糞を見て、「これは、これは」と思いました。

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2012年

1月

17日

正月もおしまい

 七草も、どんど焼きも 小正月も 山ノ神も 終わって正月気分も終わって仕事

が、詰んできました。 「さあ 明日から頑張るぞ」と思っていたら

 昨日一日重たい雪が降りました、今日は朝からお天気が良くてその美しいこと

、雪花が咲きました。

 日が照るまでのほんの数時間の事です。

 昨日は、家の中で麦麹を20キログラム仕込みました、夕方からはこんにゃくを40丁作りました。

雪が降ったり、寒い日は、麹を作ったり こんにゃく 米飴」を作ったり コタツで勝栗をむいたり 大豆を選別したりしています。体が鈍ってきます。

 ずーそーが身についています。

 誰か遊びにきませんか?

雪花
雪花
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2012年

1月

13日

今年の冬は過ごし易い?

 今日は十三日です。明日は十四日のモグラ打ちが、あります。

去年は、毎日雪降りで地面がまったく見えませんでしたが、今年は寒いのは寒いですが、雪がありません。それに去年の秋はどこも柿が豊作で取り残しの柿が、正月明けまで、熟したまま生っていたので、ヒヨドリ ツグミ、ムクドリなどが群がっています。鳥たちは、去年と比べて今年は、良いお正月のように思われます。年末にお鏡餅をお供えするのですが、山の神様など、屋外の神様にお供えすると三が日のうちにすべて無くなります。

早い時は、お供えして次の朝には無くなることがありますが、今年の場合十一日まで、餅の上のミカンまで、全く手付かずに残っていました。こんな年は初めてでした。

去年の秋は、柿 グミ、栗 銀杏、など成り物が豊作でした。野生の鳥や動物にとって、秋が豊作で雪の少ない冬は、過ごしやすいお正月の様です。

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2012年

1月

05日

大きな船が来ました

 新年明けまして おめでとうございます。

  今年もよろしく、お願いいたします。

 お正月そうそうに、こんな話で申し訳ありません。

 実は去年、十二月十六日に私の叔母が、突然亡くなりました。朝息子に弁当を作って、息子が仕事に行ったのち、突然倒れて、病院に救急車で運ばれたんですが、そのまま死んでしまいました。

 十二月に入って飯田高原で七人目でした。こんなことが時たまあります。一人死に口が開くと次々に亡くなる方が続きます。

 こんなとき「飯田に大きな船がついちょる」と言います。あの世から、船がお迎えに来た、船がいっぱいにならないと、いけないので船の大きさに見合った分の人が

亡くなります。

私の叔母さんで、船がいっぱいになったのでしょうそれから後は居ません。

今度は隣の地区に船が着いたようです、十二月末から、正月明けにかけて、多い日には,三件の死去人のお知らせがありました。

大晦日であれ、元旦であれ、日曜日であれ、お盆であれ、生まれもするし死にもする。役場の人は対応してくれるし、病院は受け付けてくれる、と思っていたら、

それは、田舎のことで、都会ではお産の時間を薬で調節して日曜日や、夜中には生まれなくすると聞いた、死んだ人も日曜日には死亡届を受け付けない自治体があると言う。本当にたまがった。

昔から「出もの、腫れ物、死んだもの、所選ばず、時を選ばず」である。

老,少、善、悪、の人を定めないのが、生、死である。

 生、死まで、ビジネスになって、人の都合に合わせるようになってしまった。

なんだか複雑な気分です。

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2011年

12月

25日

火事 

 十二月十八日の日曜日の夜 十時半ごろ防災無線の放送があり火事があった。

今年の春三月 四月 五月にかけて八回か、火事があった夜中の火事もあったが今度の火事もやはり別荘の火事だった。登山者の人が山や、野原で小さなバーナーでコーヒーを沸かしていて火事になったり、別荘の人がたまの日曜日に来てゴミを燃やして火をとり飛ばしたり、今度は別荘の焚き物ストーブが、火元だった。

ここ何年飯田高原で起こる火事は地元の人の火事はあまりない、たいてい町から来た人が、火元の事が多い。

今の人は、I,Hのオール電化の中で炎を見る事があまりない、焚き火や、ゴミ焼きもしない、いや、してはいけない暮らしである。

だから、火を点ける時に、回りに燃え易いものがないか?

               空気の乾燥度合いはどうか、今日で何日雨が降っていないか? 風の強さは 風向きはどちらからか?など普通に火を点ける前に

みんな当たり前に考えることに、考えが及ばない。何も考えずに簡単に火を点ける

そして、その度に地元の消防団は出動する。

田舎の消防団は、それを職業にしている、町の消防署の消防士とは違う。

普段は、農家であったり、勤めだったり、商店主だったり、なんでもない普通の人が、そのときだけ、消防士になる。もちろんそのときの為に訓練もする。

それだけではない、大水が出れば、警戒にでる。人が居なくなれば山狩りに出て人命救助に当たる、村のボランチア団体である。地区の人たちが土地を提供して役場に消防小屋を建ててもらい消防自動車を置く。地区の人たちが寄付を出し合って,その労をねぎらい、運営している。今夜から年末夜警がはじまる。

 田舎は、死去人が出れば地区の人が米、野菜を持ち寄り、御夜伽 お葬式をする。お盆が来れば盆踊りを口説き踊り、お祭りがくればお神楽を舞い、道路の草きり側溝の掃除、水路の草きり、泥上げ、何でもする。火事の時は消防団の人は火を消し、婦人会の人は炊き出しに出、男の人はかたずけ加勢に出る。

 食べることだけが「自給自足」ではない。暮らしそのものが、「自給自足」である。

税金だってみんなが、変わり番でとったり、区長さんが取り集めたりする。

 田舎暮らしに憧れ、別荘を建てたり、自給自足に夢を抱いて移り住む人が沢山居る。しかし、別荘地の入り口に「立ち入り禁止」の看板を立て、他人の山に入ってワラビ、ぜんまい フキ、を取り,風当たりの良い、水便利の悪いところに家を建て,火の怖さ、扱いを知らずに簡単に火を点けて火事を出しその都度地元の消防団が、駆り出されたのではたまったものではない。田舎暮らしを、しようと思っている人 別荘を建てようと思っている人 はそんな事も少し考えてほしいと思います。

 

わが町の消防さん
わが町の消防さん
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2011年

12月

14日

野うさぎを捕まえた

 四日前の夕方暗くなって道路の真ん中にうずくまっている親の野うさぎに出会いました。多分車に当たって脳震盪をしているのだと思い、捕まえて車に乗せました。

どこからも出血しては居ません。

息のあるうちに殺して放血し食べようかとも思いましたが、ひょっとしたら、死なないかもと思って小屋に入れて今日で四日がたちましたが、死なずに餌を食べはじめました

 今そのほかに、一匹野うさぎを飼っています。

野うさぎは普通に居るカイウサギとはまったく違います。カイウサギの子、は三十日の妊娠期間で目の開かない毛の生えていない裸仔を割りとたくさん生みます。

それに比べて野うさぎは約五十日の妊娠期間で毛の生えた目の見える大きな生まれたたその日から歩くことの出来る子供を二、三匹しか生みません。

なかなか飼育して、繁殖させるのは容易ではありません。

 だから、なんとしても繁殖させて見たいとずーと思っていますが未だに出来ません。

 今度の野うさぎは、脳震盪の影響か、人間に対してあまり神経質ではないようです。ひょっとしたら、雄か雌か、わかりませんが家に居る野うさぎとの間に仔が出来るかも知れません。このブログを見ている方で、野うさぎの繁殖を飼育下で成功した方があったら、教えてください。

 

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2011年

12月

08日

いろんな事がありました

 長い事ご無沙汰でした。秋の取り入れが、遅れてやっと先月の終わりに稲こぎが終わりました。飯田高原で最後になったと思っていたら、九重町で最後になってしまいました。

先月十九日には「ひこばえ」(有機無農薬のグループ)の二十周年記念を役場の福祉センターでしました。 そして今月四日には末娘の祝言をしました。まだ大学生なのですが、好きな人が出来て行ってしまいました。

その結婚式を、娘の希望で仏式でしました。私もみんな一同初めてでした。

親類の人に祝言の日にお数珠を持ってきてもらい、一同合唱、礼拝からはじまって、

正真げをみんなで経げ、お焼香をしました、ちょっと変わった祝言でしたが、仏心徒ですから、教会で牧師さんにお願いするよりか、良かったように思いました。

それから、今日は、今冬初めて雪が降りました、雪というより、霙交じりの冷たい雨でした。いよいよ来たと言う感じです。今日はお休みで 一人の女性の方は家の爺さんとワラぞうりつくりをしていました、

私と一人の男の方はお寺さんに御正忌のお参りに行ってきました。

私の家の頼み寺は昨日と、今日が御正忌です。親鸞聖人の祥月命日です。

お寺では御正忌報恩講をお勤めして、門徒の家では御晩と言って、こんにゃくや

お豆腐 サトイモなどで田楽をして、食べながら宗祖親鸞聖人の威徳を偲びます。

 近いうちに我が家も御晩をしようとおもっています。

もひとつ 家にウーフに来てそのまま一緒に暮らしていた英ちゃんと言う人が

新しい家を見つけて引越しました。五年一緒に暮らしました。すぐそこ車で五分くらいです。でも温泉つきの一軒やです。

 いろんな事があって、なんだか、心が落ち着かず、ブログの更新が出来ませんでした。

今度また近い内に書きます.   今日はこれまでおやすみなさい

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2011年

11月

04日

色んな柿

 一昨昨日黒米の精米に、友達の一トン車を借りて大野郡の緒方町に行ってきました。

お昼に近所を散策していると、飯田高原では見かけない大きな柿が成っていました。

10個ほど分けてもらって、早速剥いて下げました。

渋柿には色んな種類があります。

我が家の渋柿も、数種類あります。そして柿によって干し上がりが違います。

富有柿のような形をしたものこれは我が家では半分焼酎あおしにして半分

干し柿に、丸くて先のとがった物これは干し柿 細長くて先のとがった物これも干し柿 

大きくて四角くて先のとがった物これはあおし柿に 緒方町からもらってきたのは大きくて長くて溝があります。

今日剥いたのは、富有柿のようで四角く無くボールのように丸い柿です、沢山成りすぎで小さいです、そしてこれからは、西条です、丸くて少し長いもの、円錐型や四角錘の物、西条 小春 甚吉 ごんぜ、百目 蜂屋、川底、。。。。。。

色々あります、それらによって、干し柿の仕上がりがみんな違います

今年は、色んな木の干し柿をしてみようと思っています、珍しい渋柿があったら教えてください、そして干しあがった頃、食べ比べをしょうと思います。

是非食べに来てください 

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2011年

10月

26日

秋日和

 今日は久しぶりに良いお天気でした。

 昨日までが余りよくなかったので稲こぎは出来ませんが、

 こんな日は、蒲団を干して、庭に色んな物をほします。

 今年は栗が豊作です大方五斗位拾って勝ち栗に干してあります 

 銀杏も豊作です 今日五升分位洗いました。

 豆も台風が来なかったお陰で大分有りそうです。三升くらい剥きました。

 柿も豊作です、早生の分100個くらい焼酎あおしにして100個くらいつるしました。

 今年の目標は10000個です。    できるかなー?

 そのほか胡桃やら、せんぷりやら庭いっぱいに干してあると、こんなお天気の良い日は なんだか幸せな気分になります。

秋の干し物
秋の干し物
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2011年

10月

17日

稲刈り終わる

 やっと今日で今年の稲刈りが終わりました。

 家の田んぼは大きく四箇所に分かれています。

 黒米が五反五畝 コシヒカリが七反 ミルキークイーンが五反五畝 です どれも今年は良く出来ています 今年は台風の被害や イノシシの害も無く、稲こぎまで行くかと思っていたら、そんなに甘くはありませんでした。

先週金曜日の夕方から雨風が強まり、乾いて軽くなった所の風をまともに受けたところがみんな倒れてしまいました。稲刈りは一時中止して倒れた掛け稲を起こすのに三日かかりました。長竿が折れたり、水が溜まっていたりぬかるんで大変でした

飯田高原で、稲が掛かっているのは我が家だけになってしまいました。

今年は倒れた所が多くみんなコンバインに頼んだところが多かったです。

我が家はウーファーの人たちの加勢のお陰で今年も何とか全部掛け干しにすることが出来ました。 新米がもうすぐです。ご注文御待ちしています。

倒れた掛け干し
倒れた掛け干し
秋の取り入れ
秋の取り入れ
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2011年

10月

08日

稲刈り

先月の二十日から稲刈りを始め、ようやく三分の二ほど終わりました。

 昨日は、北九州の中学生が二泊三日で農業体験に来てくれたので、みんなで一日二反ほど刈って、掛けて、ビニールを掛けました。

 九月の初めまでは、人手が居なくて心配しましたが、よくしたもので、加勢人が来てくれ、何とかなりそうです。

  今年は、私の近所では倒れたところが多く、いつも掛け干しにするところも

コンバインに頼む人が多くて、稲が掛けてあるところは本当に少ないです。

 お陰で今三人の方が加勢に来てくれています。来週はもう三人くらい来てくれます。 海外の方は今ドイツの男の人が居ます 来週はスペインの男の人が二人来てくれそうです。

 こんな田舎の山の中に本当に良く来てくれます。有り難いことです。

 今日はアメリカ人の一行12人がお昼の食事に来て、一日中英語が飛び交いました。

 

稲こぎも始まりました!
稲こぎも始まりました!
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2011年

9月

25日

蜂の一刺し

 今年も又蜂の季節になりました、去年は余り行かなくて20個くらいでした 

今年も余り沢山は無いようです それでも今秋になって10個ほど行きました

 夕べは近所のおばあさんが刺されたというので 取に行きました 大スズメ蜂で四段あり割と大きな巣で子もたくさん入っていました。

蜂の巣
蜂の巣

土手にあってとっている最中に左の手の甲に刺されました。

今日一日グローブのようでした。去年キイロスズメバチに刺されたときに具合が悪くなってお医者に行き抗体を調べてもらって、今年はもしもの時のために注射を用意してあったのですが、使わずに何とか治っています、今日のお昼から痒くなりました。

 蜂の毒は、だんだん人体に蓄積されるそうです、私は今までにキイロスズメバチ

大スズメバチ アシナガハチ 蜜蜂 などにどれだけ刺されたかわかりません

 そろそろかなーと少し心配しながら頼まれた蜂取に行っています

 

腫れた手
腫れた手
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2011年

9月

23日

炬燵に火が入りました。

 

 台風12、15号のどちらもおかげさまで大したことなく、今日は久しぶりの晴天でした。 一昨日まで雨降りで、久しぶりのお日様です。

でも、お天気になったら急に寒くなって、夕べは、お風呂帰りの道路にある、デジタルの寒暖計が、8度でした。夜遅くに今秋初めて息が白く見えました。

昨日から、三ヶ月ぶりに炬燵の出番です。炬燵に火が入るとついつい夜更かしで「ズーソー」になります。でもなんだかほっとします。

 今日ドイツの25歳の青年が来ました、初めての炬燵にとても驚いていました。

堀炬燵、は日本でもだんだん少なくなりました。

 そして今日、稲刈りを始めました。今秋始めてのアケビを昨日取りました。

 いよいよ、秋本番です。さあーがんばるぞー

コタツの火 
コタツの火
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2011年

9月

10日

収穫間近

 紀州の方の方には台風12号の大雨で大変な様子で言葉もありません。

 今年になって 東北の大震災大津波 新潟方面の大雨 そして今度の大洪水

 毎年私達の想定外の大きな自然災害が来ているように思います。

 そんな中で私達の九州の飯田高原では、稲が黄金色に稲穂を垂れています。

 

収穫間近
収穫間近

 東北地方の原発に因る放射能の被害で 遠く離れた私方まで有機無農薬の米の問い合わせが来ます。 複雑な気持ちです。

 日本が、飽食の時代になり、海外からもたくさんの食べ物を輸入できるようになってから、農作物が豊作になると、必ずどこかで値崩れが起こり豊作貧乏と言う現象が起こります。 その頃から、春、秋のお祭りもだんだん寂れて来た様に思います。

 神様の前に行って「どうか台風が九州の方に来ず東北の方に行ってください」

 とは言えません。 さりとて、豊作になると又お米の値段が下がります。

 国民みんなで豊作を喜べる時代はもう来ないのでしょうか?

 今年の稲刈りは、手放しで、喜べない複雑な気持ちです。

 こんな時は少人数で仕事をしたくありません、皆さんお暇な方は稲刈り加勢に来てくださいお願いします。

 9月17日から三日間氏神様のお祭りで18日の夜はお神楽を舞いにいきます。

 二十日から稲を刈り始めようかと思っています。

 

 

初秋の飯田高原
初秋の飯田高原
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2011年

8月

14日

お盆

 毎日暑い日が続きます。

八月の一日に地区のみんなで地区内の道路の草を切って綺麗にお掃除をしました。

八月に大分県内何処の地区も「道路愛護デー」と言う日があって、ゴミを拾ったり

草を切ったりしてお掃除をします、私達の地区では、毎年八月の一日と決まっていて朝から地区民総出で、草きりをします。そして綺麗にしてお盆を迎えます。

 八月七日は、お墓の掃除の日です、朝からお墓に行道の草を切って

お墓の中を綺麗に掃除をして終わったら 今度は本家の裏にある古墓の周りを掃除し 裏山に祭ってある稲荷様の社に続く道お社の周りを掃除して終わります。

朝からお昼までかかりました。時松一族ばかり八軒でします。

 これでお盆を迎える準備万端です。あとは家のお仏壇のお掃除です。

これは家内がしてくれます。

 そして昨日十三日の午前中東京 福岡から帰省して来た子供たちとも一緒に

家族七人でお墓にお迎えに行ってきました。

夕べは地区内の初盆の家五軒の盆踊りに行ってきました

皆さんはどんなお盆をすごしていますか?

 私は アブラゼニが鳴いて、ムクゲの花が咲いて 畑の花豆の花が赤く咲いているのを見ると「アー夏が来たお盆だ」と思います。

 今年も又、お陰で例年通りの夏が来ました。

 「祖先(みおや)たち、来ませ今宵は語らなん、

           受けし恵みのその数々を」

 

みんなで道草切り
みんなで道草切り
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2011年

7月

07日

声変わり

 田植えが済んで大方四十日が過ぎました。

稲も大分大きくなりました、四月の種まきからすると、大方九十日近くになります。

もう、半分過ぎました、後七、八十日すると稲刈りです。はやいものです。

 鴨の雛も生後五十日近くになり大きくなりました。今は一反の広さに二羽当てです 

二反半に五羽 三反に七羽くらいです、今年はそれで充分でそれ以上入れると稲をそざします。 今日鴨に餌をやりに行ったら早い物はもう声変わりをしています。

大抵の動物は幼児期と大人では声が変わります。鳥の場合雛は「ピヨピヨ」とか「ぴーぴー」が多いです。鴨の場合は雛のうちはピーピーですが大人になるとガーガーと鳴きます。そして、同じ大人の鴨でもオスは、低音で、ガーガーですが。メスの場合は一オクターブ高い声で、ガーガーガーとうるさく鳴きます。今が丁度オスとメスの声に違いが出てきた頃です。だから今まではわからなかったオス、メスが今の頃からわかるようになります。後十日もすると、今年の鴨の仕事も終わりになります。

そのときには、全部の鴨の雌雄が、声によってわかるようになります。

 声変わりは、人間だけじゃありませんよ。鴨にだって、稲にだって、思春期はあります。 今度声に気をつけて鴨を見に来てください

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2011年

7月

07日

七夕

 

 今日は七夕さまです。お節句です。でも今日は我が家はお客さんで忙しく 七夕らしいことは、何もせずに終わりました。

私が小さい時、ひい爺さん、ひい婆さんが居た頃、七夕の前に薄い紙で紙縒り(こより)をひねってまっすぐに立つように何本もつくって、七夕の朝里芋畑に行き、里芋の葉にたまった葉露を集めてその水で墨をすって短冊にお願い事を書いていました。七夕の日に物干し竿を切って、その日に切った物干し竿はどちらから洗濯物を通しても良いように言ってました。今はもうそんなことはしません。

 でも、何年か過ぎて私が爺さんになったときには、孫としようかな、と思ってます。

 

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2011年

7月

06日

山羊の乳

 昨日はあんなにお天気が良かったのに、今日は朝からとても激しい雨降りです 

今年は アイガモの雛がとても活躍してくれて、草が少ないんで喜んでいます。

二枚ほど網が足らずに入れてなかったところは、草が畝が見えないほどしこっています。 鴨の仕事に感謝です。

去年の暮れ種を付けたはずのヤギが、今日か 明日かと待っていましたが、とうとう生みませんでした。小屋を壊してオスのところに侵入したので、てっきり交尾した物と思っていたのですが、生まれませんでした。

それでも、五月の中ほどから乳が大きく成り出し、予定日を過ぎても生まれないので

一回目は絞り捨てて、二回目から飲んでいます。今まで三十五年山羊を飼った居て

子を産まないのに、春になって乳を出す山羊は今度が初めてです。

子供を生んだ去年から」見ると乳の量は少ないのですが、それでも美味しい乳を出してくれます。

今年の秋は、忙しくても山羊の種付けに連れて行って、跡取りの雌山羊をうんでほしいと思っています。

 

気性の荒いパインちゃん
気性の荒いパインちゃん
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2011年

6月

30日

ホタルのひかり

 毎年この時期になると、おわての前の川にホタルが舞います。

そして、あちこちで、ホタル祭りなどホタルに関するイベントなどが行われます。

 今日は午後から雨降りで、夜になって風が出てきたためか余り舞いませんがそれでも少数のホタルが飛んでいます。

ホタルは、毎夜彼女を求めて、自分の遺伝子を残してくれる配偶者を求めて、一生懸命に光のシグナルを送ります。

夕方ヒグラシが鳴きました、もうすぐ梅雨があがりそうです。

セミは声を限りにメスにアピールします。 田んぼの中では夜になるとうるさいくらいカエルの合唱が始まります。考えてみると ホタルが光るのも セミが鳴くのも、蝶々が舞い九重の山のミヤマキリシマが綺麗に花をさかせるのも ウグイスや、雲雀が、春を告げて囀るのも、みんな、みんな種や、子孫を残そうと言うただ、それだけのために、一生懸命、命がけで行動をしているのです。 

皆さんは「恋」をしていますか? 

何度振られても,声を限りに訴えていますか? 

フェロモンをだして、自分の存在をアピールしていますか?

草食の鹿だって、メスを求めてオス同士、角を突きあって戦っていますよ。

ホタルのように、幻想的に セミのように情熱的に、鹿のように時に荒々しく

秋の夜の虫のように切なく、はかない、胸キュンとなるようなそんな「恋」がホタルを見ていたらしたくなりました。

 「恋話」をしにおわてにきてください。

ホタル見にちょうちんさげて
ホタル見にちょうちんさげて
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2011年

6月

10日

粽巻き

 今年は六月六日が旧暦のお節句でした。毎年数百粽を巻きますが、

 今年は今日始めてお客さんと一緒に粽巻きをしました。

全国色んな粽があると思いますが、私のところでは、川端や 湿地にある葦(よし)でまきます。 家家で巻き方も有るでしょうが、私のところは葦の頭が三角にします。

ちまきづくり
ちまきづくり

 巻く紐は、スゲを使います。飯田高原の一角にスゲの生えているところが一箇所あって、そこで盆過ぎに刈って干しておき、今日のために使います。

五本づつ右、左において十本を一くびりにして、湯がき足を揃えて切ったら

菖蒲とヨモギの葉を挿して出来上がりです。

ちまきをゆがく
ちまきをゆがく

 私の長男の初節句の時は家族総出で五、六百巻きました。これと柏餅をして親類や近所に配ります。

 上手に巻いて団子が外に出ないように作ると、割と長く腐らずに保存できます。

 硬くなりますが、もう一度湯がくか、蒸し直します。

 昔の人の戦に行く時の保存食です。 葦や、竹の皮 などは雑菌の繁殖を抑える保存の効果があるようです。昔の人の知恵に、感服です。

 そして綺麗に巻いた、粽団子は、本当に農家の食の芸術です。

 

芸術的なちまき
芸術的なちまき
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2011年

6月

04日

畑が待ってる

 一般の農家の方は田植えが終わると、ホッと一息ですが、我が家は

田植えが終わってからが、一仕事です。急いで鴨の囲いの網張りをしてアイガモの雛を田んぼに入れないと、イネミズゾウムシに稲がやられてしまいます。

そして、雑草が頭をもたげます。草が芽をきらないうちにアイガモを入れないと一度根付いてしまうといくら頑張ってもアイガモの力ではどうしょうもありません。

まさに、田植えが終わったら時間との勝負の様なものです。一息ついている暇は無いのです。

そして今度は畑が待っているのです。四回目のスイートコーンを蒔かなくてはいけません、田植えの間へつらわなかった、トマトの芽かぎ誘引、ナス、ピーマン シシトウに手を立ててくびってやらねばなりません。人参が草にやられそうです。

去年のナスビの様子
去年のナスビの様子

 大根が早く間引いてやらないと太ってくれません。

 きゅうりと、野菜豆が手をほしがっています。隣のおばさんが大豆をもう植えました。花豆も植える準備をしないといけません。 今年は梅が豊作ですので赤紫蘇をたくさん作らねばなりません。 玉ねぎ、エンドウ、ねぎの畑も草ぼうぼうです。

 お天気の内にゴサン竹とハチクをかいで湯がいて干さないと硬くなってしまいます。お茶の新芽が伸びています。 スイカとかぼちゃに麦カラを敷いてやらないといけません。 山のイチゴが熟れそうです。

 明後日は旧暦のお節句です、ちまきを巻くのに精米に寒晒しのもち米を頼むのを忘れていました。

あーあー今少しパニくっています。

 でも何とかして、今年は何年ぶりかで豊作のミヤマキリシマを家族みんなで見に行こうと計画しています。

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2011年

6月

04日

田植えが終わった

 飯田高原で、早い人は四月の下旬から田植えを始めます。

私の所は、飯田高原で最後の田植えです。五月三十一日に終わりました。

終わったと、言っても機械であらあら植えただけで、隅すまに方の手で植える補植が何日かかかります。今年は苗立ちが余りよくありませんでした。

それに、田んぼが柔らか過ぎてうまく植えられないところがあり、補植の手間が相当かかりそうです。

 ようやくおわての近所の田んぼだけ鴨の囲いが終わり、おとといからかわいい鴨の雛の活躍です。植えたばかりの小さな苗にこれまた小さいイネミズゾウムシと言う小さな虫がついて稲の葉っぱを食べます。それをアイガモの雛はとても好んで食べてくれます。幸いお天気がいいので鴨の雛たちも大喜びで泳ぎまわっています。

通勤中
通勤中

 今年は割りと鴨の孵化率が良くて、六百羽の雛が生まれました。あと一回二十日に五十羽ほど生まれる予定です。

穂が出るまでの、約二ヶ月ちょっと、鴨の雛たちに頑張ってもらいます。

 是非かわいい鴨の雛の仕事振りを見に来てください!

出勤中
出勤中
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2011年

5月

29日

今年はどんな年

 百姓をしていると、とにかく今年の天候が気になります。

私の今年の予想は;;;;;;;;?

 今年は去年の夏が暑かったためか、花芽が特に多い。

マンサクの花はとても多かった。

こぶしの花も例年に無く多かった。

石楠花、どうだんつつじ、ミヤマキリシマ、これも近年に無く花つぼみが多い。

梅と柿は去年が春先の低温で、実がほとんど成らなかった為か、今年は異常に実付が多い。

振り返ってみると 平成三年の台風十九号の年、七年の九重山噴火の年

十七年の集中豪雨の年 の時と同じような山の木々の花の付き方のように思われる。 そんなことから 今年はあまり良い年にはならないのではないかと思う。

こんな年は あらゆる事に慎重に、気を緩めずに、して行こうと思います。

皆さんは今稔をどんな稔と予想しますか?

シャクナゲの花
シャクナゲの花
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2011年

5月

28日

明日から田植え

 飯田高原でまだ田植えの終わっていない家は我が家だけになってしまいました。

我が家はアイガモ農法でやっているので、早く植えると気温、水温が低く鴨の雛が

寒がって管理が大変なので、みんなより遅くしているのですが、今年は遅くなりすぎで、ちょっと気忙しいところです。

それなのに、明日から台風二号が接近でとても大型らしいので、どうしたものかと気をもんでいるところです。

それにしても、日本は、自然災害が多い国です。近頃そう思います。

 台風 地震 津波 火山の噴火 梅雨の大雨など、九州の田舎で農業をしていると

いつも、雨、風 台風の脅威に心を悩まされます。

今我が家には、五人のウーフの方が居ます。イギリス、カナダ アメリカ国籍のインド人 台湾の女性 国際色豊かです。みんな良く勉強をします。アメリカ英語 イギリス英語 カナダ英語、中国語 日本語色々飛び交います。

農業体験に来た子供たちと火を囲むウーファー
農業体験に来た子供たちと火を囲むウーファー

 みんなと話をするなかで、やはり日本が一番自然災害が多いように思います。

出来るものなら、災害のないところで、心安らかに暮らしたい。そう思うのですが、

海外の方と話をすると、それでも日本が良い、綺麗で 温泉が多くて、自然が美しく、緑が豊かで、季節があって人がやさしいと、日本を褒め称えてくれます。

私達日本人は、これまで何度も、何度も、災害に遭い、それを受け止め、乗り越えて来ました。 それでも自然を恨むことなく、自然の中に、「神」を見て

山ノ神 海の神 火の神 水の神 八百万の神様と共に暮らしてきました。

 だから日本人は 粘り強くて、何でも受け入れてやさしいのかも知れません。

少々の災害でも、負けない再生力がある、豊かな国土なのだと思います。

 そんなことを考えていたら、なんだか元気が出てきました、明日の台風が気になりますが、気を取り直して、田植えを頑張ろうと思います。

鴨の雛も 田の草取りの準備をして二百羽ほど腕まくりをして控えています。

美しい泉水山麓
美しい泉水山麓
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2011年

5月

08日

温泉祭り

 

 今日五月八日はウケの口温泉のお祭りです。

 毎日ウーフの人達と行っているウケの口の温泉に今日何の気無しに行ったら 

 入り口に甘茶が出ていました。

 四月八日がお釈迦さまの生まれた日で、花祭りですが、まだ花が全くありませんので、ひと月遅れで五月の八日にします。

小さなお社を花で飾りつけて、その中に桶を置いてお釈迦様の木像を置いて桶には甘茶をいれてあります。

 小さなひしゃくでお釈迦様の頭から甘茶を三回かけてから、甘茶を飲みます。

お釈迦様の像は 天と地を指しています。

私が子供のころは、サイダービンをもって甘茶を競って飲みました。無くなると

甘茶を沸かしているところに催促に行っていましたが、今は余り甘茶も喜んで飲むような子供も余り居なくなりました。

今日はお釈迦様の像は夜だったので居ません。近頃二回木像が盗られたからです。昔は到底考えられ無い様な、仏様を盗む人が居ます。

お釈迦様に三回甘茶をかけてからいただく人も、地元の人たちで、年寄りの人ぐらいです。

余り華々しいお祭りではありません、でも一年に一回温泉を利用する地元の人たちの、昔から続く温泉に感謝するお祭りです、

 

筌の口温泉
筌の口温泉
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2011年

5月

05日

うさぎを食べる

 夕べ道路で交通事故にあって間もないウサギを拾いました。

まだ暖かく、死後硬直してなかったので、すぐに首のところを切って放血しぶらさげて 今日さばきました。

これは、野うさぎで、ペットのうさぎとは違います。ペットのうさぎは穴ウサギを改良したもので、妊娠期間は約30日で目も見えない、毛も生えていない子供を親ウサギが

腹の毛を抜いたなかに多数うまれます。肉の色は鶏肉と同じような白っぽい色です

それに比べ 野うさぎは五十数日の妊娠期間で、目の開いた毛の生えた大きな子供を 二、三匹巣も作らずにそこら辺に生みます。肉は牛肉のように赤い色をしています

ウサギ
ウサギ

 皮が薄いので皮膚に小さな穴を開け 皮と肉の間に自転車の空気入れで空気を入れ、写真のように膨らませて皮と身を離して皮を剥ぐと綺麗に皮が剥けます。

 冬の寒い頃のウサギは我が家では、爺さんが生肉を味噌で和えてヌタにして食べますが 今日はから揚げにしてたべました。

ペットのウサギも、一昔前までは食用でした、みんな食べていました。

可哀相と思うかも知れませんが、ウサギは草を食べて大きくなり蛋白質に変えてくれます、これから来るかも知れない食料危機の時代には昆虫類とともに見直される、期待の持てる食糧になるかも知れません

皮と肉の間に空気を入れる
皮と肉の間に空気を入れる
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2011年

4月

06日

冬鳥さんさようなら

 一週間前まで我が家の庭に居たジョウビタキが北国へ帰りました。

五十羽くらいの群れで居た、やまなみ牧場のヒドリガモも旅立ちました。

今年の冬は雪が多く、どの冬鳥もわずかな地面を見つけて、餌をとり厳しい冬を越しました

しかし、鳥たちにとって一番厳しかったのは、大雪や寒さよりも、トリインフルエンザ

による、渡り鳥たちへの人間の偏見のように思います。

大分、宮崎で今冬沢山のニワトリがインフルエンザで殺処分されました。

そして、そのウイルスを運んでくる渡り鳥が、悪者のように言われました。

野鳥が入らないように、養鶏農家はとても神経をつかいました。

本当はニワトリは、庭の鳥で地面の上を歩きながら土を引っかいて餌を見つけ

たり、やわらかい土で砂浴びをしたりするのが本来の姿です。

ニワトリだって、渡り鳥とお話がしたい、春にはやわらかいハコベが食べたい、

お天気のいい日には、思いっきり羽をのばしたいはずだ。

でも、消費者に安い卵と肉を提供するために、狭い籠の中に閉じ込められ

外の見えないウインドレス鶏舎の中で、毎日美味しくも無い同じ物ばかり食べさせられて,「産め」、「太れ」、と経済優等生の錦の御旗で尻をたたかれている。

抵抗力のない虚弱体質に、ストレスいっぱい、ほんの少しのウイルスでも、さあ大変、みんなバタバタ一家全滅。

 少しは卵が高くなるけど、ニワトリ本来の飼いかたをすれば、こんなには大事にはならないはずだ。  家のニワトリや、アヒルはなんとも無い、こぼれ餌を求めてスズメ、キジバト、小ジュケイ、カワラヒワ、ホオジロ、などなどいっぱい来る

今年は雪がおおかったのでみかんや、残飯などをやると、色んなトリが本当に沢山来た。 他所ではインフルエンザ予防のため給餌台を撤去したところが多い。

「渡り鳥さん、ごめんね こんな日本をいやにならずに又来てね、さようなら」

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2011年

3月

22日

春が来た

 長かった冬がようやく終わろうとしています。

 春がすぐそこまで来ました、庭の福寿草が黄色のはなを咲かせています

 万作が紙細工のように咲いています、アブラチャンの黄色い小さなつぼみの塊が

日増しに色濃く、大きくなってきました。

あと一週間もすれば野焼きが始まります。

 春は黄色から始まるような気がします。薄い 淡い か弱い ういういしいような  それでいて寒の戻りの雪や、氷にも 負けない強さを持っています。

そして、その黄色は、雛鳥の嘴の色でもあります。 やがて来る前途洋々たる

旅たちの前の色であり、少し不安を秘めた、青年と少年の間の色のような気がします。今朝我が家の庭でウグイスの初音を聞きました。

去年と同じ『ホー ホケキョケ」と鳴きます 去年は木戸のスズタケのなかで四羽の雛が巣立ちました。

今年も又 一稔(いちねん)の始まりです。

フクジュソウ
フクジュソウ
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2011年

3月

06日

稲荷様お祭り

 久しぶりで書きます 今日は蕨原(わらびわら)の稲荷様のお祭りがありました

 時松を名乗る八軒の家のお祭りです 

 本家の家の裏の山の上に小さなお社があって、春と秋の二回神官さんが来てお祭りをします 八軒の家を毎年回ってお膳直りをします 今年は本家の当番で本家にみんな集まります。雨が降って山に行けませんでしたので 本家の座敷でお祭りをしました。小学三年の本家の六男坊から八十七歳の新宅の叔父さんまでみんなで二十八人でした。

 お稲荷様は『豊受けの大神』と言って農作物の豊作をつかさどる神様だそうです

私達の先祖が享保のころに日田の大原神社から分霊してお祭りしているそうです 

大方300年くらい前から続いているそうです。

 一年に二度一族が集まって年寄りの人から昔のことや 先祖のことなどを色々聞いて酒を酌み交わします。

去年の春大阪の大学にいった田中(屋号)の長男が春休みで帰省中で

色々話をしました。 

故郷を一度離れて帰って来ると 今までなんとも思わなかったお祭りも

又感慨深いようです。 何時までもお祭りが続きますように。

 来年は我が家が 稲荷様の当番です 

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2011年

1月

30日

スローな一日

 今日も朝から雪降りで 日曜日でもあり みんなでお休みです。

 お昼まで寝ました。

 午後みんなでお昼ご飯をして 夜のご飯にそばを打ちました

そばを石うすでひく
そばを石うすでひく
蕎麦打ち
蕎麦打ち

 今年は初めて『寒晒し蕎麦」をしました。TEVでしていたのを見て一度やってみようと思っていたのです。

 一週間ほど寒の水に漬けて凍らせて、干し上げ石臼で二度挽きしました

 余り得意ではありませんが まあまあ何とか蕎麦が出来ました。

 寒晒しと、そうでないものとの違いはあまりよくわかりませんでした。

 ついでに寒さらしのもち米を挽いて団子にしました、こちらははっきり、寒さらしとそうでない物の違いがわかります、寒さらしはふわっとした、食感です。

 デザートは雪で作ったアイスクリームを食べました。

 ウコッケイの卵とスキムミルクと砂糖と雪で作ります。

 タイの夫婦の方にとても好評でした。美味しいですよ。

二月の四日立春の日に味噌を搗きたいと思っています。やっと100キロの味噌分の麹ができました。

 お醤油麹用の炒り小麦の用意もできました。 三日の夕方大豆を地獄に蒸に行って、四日の朝上げに行き、味噌とお醤油麹を仕込もうと思っています。冬の土用があけて四日が立春です。お暇な方は味噌搗きに加勢して下さい

五キロぶんづつ、二十回臼で搗きます。

雪のアイス
雪のアイス
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2011年

1月

17日

長引く雪

去年の暮れから、降った雪が、解けないまま次の雪が降り今日で二十日ほど

 全く地面が見えません。

 南を受けた温溜まりの斜面が時々土を見せます。

 私達人間も外の仕事ができずに、困っていますが、野性の動物達は、私達人間以上に 深刻な事態です。

 このイノシシ二匹も お腹がすいて昼でも人家の近くに出てきています。

一匹は風邪を引いていて、くしゃみを連続しています。雉が車の窓から手の届きそうなところにでてきます。

 コジュケイ、キジバト が軒先まで来ます。キジバトは家の中まで入ってきます。

ミヤマホオジロが、みかんの輪切りを梅ノ木に挿すのをすぐ傍で待っています。

 ヒヨドリが残り少ない、軒先の干し柿を毎日食べます、柿を下げている紐に横になってとまります。

キツネ と狸が堆肥小屋に埋めた生ゴミの残飯を掘り返します。

テンが 我が家のアイガモを狙って小屋の周りに足跡を沢山残しています。

この雪が、長引くと体力の無いものは飢えて死んでしまいます。

           ラニーニャかもしれませんがこれが自然です。

 私の子供のころにもこんなことがありました。

          この寒さと 飢えに耐えたものだけが春を迎えます。

     

腹がへったよー
腹がへったよー
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2011年

1月

12日

いちごだいふく

 新年を迎えてそろそろ二週間になりますが、ずーと雪ばかりで外仕事ができません やろうと思えば、出来ないことも無いのですが、いまだに正月が体から抜けていません。

 毎日テレビを見ていて近頃気になることがあります。

きょうもNHKの料理番組で「今が旬のイチゴを使ったイチゴ大福」をやっていました。

 私の家はイチゴは五月の半ばから熟れ始めます。

今は雪の中に埋もれていて何処に植わっているのかもわかりません。

今出回っているイチゴは 苗を夏から冷蔵庫に入れて低温処理をして花芽分化をさせて、ビニールハウスの中に植え重油を炊いて暖房をしてイチゴに春が来た様に思わせて作っています。

それはそれで、人間の知恵で作るので、悪くは無いかも知れませんが、

それは、決して旬の食べ物ではありません。

 イチゴの出回る時期は、初夏の頃より今時分の方が多いかも知れません。しかし、自然状態で、出来たものでは有りません。

私は、出回る量の時期では無く、自然状態で出来る時期を旬と思いたいです。

もう一つ、「トマトの雑炊」というのをやっていました。

トマトは、夏の野菜で 体を冷やす作用があります。

 何でも 新しくて 珍しくて 口に美味しければ、季節が何時であれ 環境も 健康も 本物の旬もなにもありません。

 一度自分で野菜を作ってみてはどうでしょう。

 それが無理なら 有機農家で体験をしたらどうでしょう

 『本物」が見えるような気がします

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2011年

1月

03日

農家と農業

 今日は午前中、地元の県議さんの新年互礼会に、行ってきました。

 午後は私達の部落の組の年始があり、当番でしたので、跡かたずけなどして遅くなりました。  

 年末からの大雪で、元旦、二日とずっと、怠け癖が付いてしまいました。

さあ、明日から頑張ろうと思います。

 行く先々で、話になるのが、昨年の秋の農産物の輸入自由化のことです。

私、のような田舎者にはあまり良くはわかりませんが、このままで行くと

海外の農産物に打ち勝つために、規模拡大をして、低コストで採算にあうように

農地を集約して、大規模農家を作ろうと、ずっと前からしています。

そうすることで、海外の値段と同じように低価格で消費者に農産物が届くように。

  そうすれば、そうしなければ、日本の農業は守れません。そうでなくても、農業後継者が居ません。ですから、仕方が無いのかもしれません。

 でも、そんなことでは、日本の農業はいずれ先行きがしなくなって、やがては採算が合わない、今の繰り返しで終わってしまいます。

日本と、海外の農業国とでは、桁がちがいます。

 もし、今のやり方で農業が守られても、それでは 農村が維持できません。

私達の飯田高原に、三軒農家があれば足ります。後の二百数十軒の農家がなくなります。

 お正月から、いやなことばかり書いてしまいました。

今年も何とか、農的暮らしの文化を守って生きたいと思います、応援してください、お願いします。   台湾から来ているウーフのヤッチャンがどうして日本の牛乳はこんなに安いのか?と不思議がります。

 みんなの命を、健康を守る農産物を、農家が生活できるくらいの適正価格で扱ってほしいと思います。

農家と農村
農家と農村
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2011年

1月

02日

新年

 

 明けましておめでとう ございます。

     本年も宜しく お願いします。

  今年の年越しは、何年ぶりかで大雪でした、例年年の晩には白鳥神社で元旦祭のお神楽を、舞うのですが、今年は雪が30センチ以上あって、お宮まで行くのもままならないほどでした。

それで なぜか気が抜けてボーとして新年を迎えました。

 熊本から来た アメリカ人の人 と台湾の方とウーフの二人を含めて総勢九人の年取りでした。

 歳の晩は歳床さまをお迎えして、猫足の二の膳つきでお供えをして みんなでお参りをしてから、 歳取りをして、新年を迎えます。

 皆さんの所のお雑煮はどんなのですか?

私方は、鳥(かしわ)で出汁をとって、かしわ、コブ(喜ぶ)、もやし(芽立ち)ごぼう(根をはる)、芹(泥の中でも根が白い)、スルメ(寿留女)など縁起のいいものを入れてお雑煮を祝います。

 一つのお椀にも先人の、「おもい」が込められています。

お餅を食べると太るなどと言わずに是非、「先祖のこころ」と一緒に食べて下さい。

      今年も宜しくお願いします。

新年のおわて
新年のおわて
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2010年

12月

23日

自然音痴

 我が家には、ウーフと言う、組織に入っていて世界中の人が有機農業のお手伝いに、きてくれます。

今日現在、台湾の女の人と、アメリカの男の人と それ以外の二人の人と

血縁家族の以外の人が四人います。

いつもその方たちと、一緒に仕事はもちろん生活しています。

ですから、今年の年取りもいろんな人達とにぎやかになりそうです。

 先月、しいたけ用にクヌギの木を10本ほど倒しました。

今日は囲炉裏とクド用の焚きモン割をしました。そう言うう仕事をしていて今日感じた事があります。

音楽に音痴があるように、自然暮らしにも音痴があるといううことです。

木の伐採はとても危険です。いつ、どちらに倒れるか?また倒れた木がはねたり

滑ったりしないか、いつも注意をしながら作業をします。

私の家は、ほんのママゴト程度ですが、山林業や、しいたけ農家、炭焼きさん

などの方は、足場の悪いところで、沢山の木を切ります

時には、怪我をすることもあります。死ぬことだってあります。

でも、それが仕事です。

山の地形を見て、木の枝の張り具合を見て、そのときの風の吹く方向を確かめて、倒れて行く方の邪魔になる木や抑える木の動きをほんの一瞬の内に判断して、もしもの時の逃げる方向を決めます。

でも、こればかりは、言葉で、何度話しても、その人の『感、観、勘」によります。

木を倒す時だけでなく、トラクターを使ったり、草刈り機をつかったり、鎌、鍬、鉈包丁など、色んな仕事の中で、一瞬の気の緩みが事故につながります。

野焼きの火に巻かれて死ぬこともあります。

 仕事をする時は、その仕事に集中して、いつも自然の風や空気を感じ取って、

事に当たるべきだとおもいます。

しかし、世の中には、なにをさせても鈍と言うか、不器用と言うか同じ事をしていても、とても危なっかしい、人がいます。

そんな人に限って仕事中に携帯をいじったり、ウオークマンを聞いたりなかなか自然の声に耳を貸そうとしないように思います。

何のために、こんな田舎に来ているんだろうかと思う時があります。

 田舎の農作業だけでなく、都会の普段の暮らしの中にも、瞬時に判断し、時に、本能と勘で行動せねばならないときがあります。

 近頃は、満ち足りて、快適過ぎて、こんな若者が多くなったような気がします・

焚き物割りをしていて、遠くにチエンソーを聞きながら、そんなことを思いました。 

 

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2010年

12月

20日

九重の自然を守る会理事会

 昨日の午後長者原のビジターセンターで理事会がありました。

来年の会発足五十周年記念のことが主な議題でしたが、

途中で、長者原の九重ハイランドホテルの跡地を買い取って開発をしている業者の方との話し合いがあり、二人の方がきました。

その方たちとの話の中で、感じた事を書きます。

 自然を守ると言う事は、そこで暮らしている人たちの暮らしを守ると言う事であって、人間の命の営みを守る事であると思います。

そこに住んでいる人たちが、野焼きをし、牛馬を野に放し、草を刈り、薪をとり

山野草をとり、しいたけを作り、畑を耕し、田んぼをつくり、屋根萱を切り、等々

自然を最大限知り尽くして、利用できるものは、なんでも利用し尽くして、暮らしに役立てて来ました。

こう言うと、自然破壊をしている様に、感じますが実際こうやって何百年も地元の人々は、暮らしをして来ました。

 それは、あくまでも、暮らしであり、そこに住む人間の命の営みであります。

キツネが、ウサギを食べ、ふくろうが、野鼠を取るのと何ら変わりがないのです。オギャーと生まれて、南無と死ぬまでのすべてであり、その繰り返しであります。

そこには、経済も、ビジネスも、損得も、駆け引きも、お金も、何も無いのです。

ただ、人間と言う生き物の、暮らしがあるのです。

九重の自然とは、そうやって長い間人間とかかわりながら今日があるのです。

。 

 そんな私達の暮らしも少しづつ変わってきました。

九重の自然の中に、ビジネスという大きな波が押し寄せてきます。

「自然」と、「暮らし」がどんどん離れて行くような気がして、心配でなりません。九重の自然は暮らしの「場」であって、企業のビジネスの場では無いと思います

百年先の子孫から笑われないようにしないと、、、、、、、、

 色んなことを考えさせられた理事会でした。

 

薪割り
薪割り
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2010年

12月

19日

鍋すがた

 寒くなってくると、我が家の鳥たちも寒さ対策のため、自分の体に体脂肪を

つけて防寒をします。そのために、野生の鳥獣は実りの秋のものをたくさん食べて

体に脂肪と言う防寒具を身にまといます。

ですから、今頃から冬の間が、お肉の旬になります。

私達人間は、そんなあぶらののったお肉を食べて、体を温め寒い冬を体の中から暖めて乗り切ります。

皆さんは、たいていの消費者の方は、お店でお肉を買われると思いますが、

私の家では、鳥だけは自分の家の鳥をさばきますが、そんな時まず生きているときの鳥の姿で、美味しさがある程度わかります。

あぶらがのって、羽に艶があって、目が生き生きとして、元気の良いものは

やっぱり美味しいようです。

そんな、生きているうちに美味しそうな、食欲をそそるような動物をみて

「その鶏は鍋姿が良いのう」と言います。

家に長くいるウーフさんは、近頃そう言うときがあります。

そうなると、田舎暮らしの達人です

鍋姿のいい我が家の鶏
鍋姿のいい我が家の鶏
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2010年

12月

17日

鴨やられる

 この何日か、寒い日が続きます。

寒くなり、雪の日が続くようになると、キツネや狸、テンなど野生の動物にとっては

我が家のおんぼろ小屋の鴨やにわとりは、真っ先に餌食になります。

被害は毎年、今頃と春のころが多いです。

この前、四、五日続けて、鴨と一緒に飼っているちゃぼ三羽、鶏一羽、鴨三羽がやられました。

すぐに、入ってきたところに罠を仕掛け、狸が二日続けてとれました、

始めのは、疥癬にやられたほとんど毛の無い,痩せたもので、そのままにしていたら、次の日には寒さのためか死んでいました。

その次の日は、疥癬にはなっていませんでしたが、あまり健康そうではない、

小さな狸がかかりました。

野外で餌を取ることが難しい、病気の狸にとってすぐに入れる、我が家の鳥小屋は危険を冒してでも、入りたい格好の餌場なのかもしれません。

ニワトリ泥棒
ニワトリ泥棒
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2010年

12月

06日

元祖草食系

 私の家では、現在三頭のメス山羊を飼っています。

一頭は若であとの二頭は年寄りです。

人間も含めて、大抵の家畜は、季節に関係なくいつでも、発情、繁殖しますが、

山羊、羊は、まだ季節繁殖の傾向が強く、秋の頃に発情します。

日本など四季のある国では、ほとんどの動物が春から初夏に掛けて出産 子育てをします。

又、常夏の地域には、雨季と乾季があり、そこでは雨季の始めの頃に、子を育てます。

その時期が、やわらかい草や、それらを食べる虫など、子育てに都合が良いからです。

そして、出産の時季から妊娠期間を差し引いた頃が、発情時季になります。

鹿や山羊、羊などは、今の季節が発情時季です。

山羊の場合 150日で子が生まれます、九月の頃から少しづつ発情が来ますが、早く種付けすると、二、三月の寒い頃に生まれるので、11月になってから毎年種をつけます。二十日おきくらいで発情がきます。

ですが今年は11月が忙しくとうとう、12月まで付けませんでした。

九月十月の頃が一番発情が激しくきます。

12月になると少し発情が弱くなり、気をつけて見ないと見逃すことがあるので、

友人の家から若い元気な種オスを借りてきました。

人間にはわからない発情も山羊同士ではよくわかります。

種山羊はとても精力が強く、小屋を壊してでもメスのところに行くことがあるので

三つある小屋の一番端の小屋の中に丈夫なロープでつなぎました。

夕食をして、温泉に行き帰って見ると、さあ大変です。

メス三頭が自分達の小屋を壊し、オスの入っている小屋のツッパリを外からはずしてオスのこやの中に入っています。私の姿を見るや、急いでオスの小屋から出てきました、普段はおとなしいメス山羊のパワーに驚きです。

それにしても、オスはおとなしく、じっと繋がれたままです。

やっぱり山羊の世界も、現代は草食系のようです。

草食系男子
草食系男子
肉食系女子
肉食系女子
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2010年

12月

05日

庭上げ

 先月二十九日に、餅つきをしました。

年末の歳の餅にはまだ早いし、餅が食べたいのでただそう言う、単純な理由で搗きましたが、

今頃の時期、昔は『庭上げ餅」を搗きました。

秋の取り入れ時期には、色んなものを庭に干します。

籾、大豆 小豆 ささぎ豆 そば 銀杏 勝ち栗 など我が家の庭もお天気の良い日は 毎日色んな物を干します。

時々、山羊が食べて困ります。

そんな秋の取り入れが 終わって 庭がきれいにかたずくと庭上げ餅を搗いて

お供えをして 一応秋の取り入れが終わりになります。

早くしないと 12月になると何時雪が降り始めるか、わかりません。

我が家ではまだ白大豆がぜんぜんすんでいません。

来週は寒くなると言うので心配しています 

でも庭上げ餅は早めに搗きました。

私達は、庭と言うと、家の中の土間のことを庭と言い、外の家の前の広場は

坪と言います、でも坪と庭がごっちゃになっています。

どちらでしょう?

餅は 白と黒米餅 とうきびの粉を入れたとうきび餅と三種類 三臼搗きました

やっぱり 杵で搗くと美味しいです。

是非 餅つきに来てください

いろいろな干しもの
いろいろな干しもの
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2010年

12月

03日

自然と共に

 早い物で、十二月になってしまいました。

まだまだしなければいけないことが、沢山ありますが、今年も後一月になりました。

毎年紅葉が過ぎて、枯葉が舞う今頃は、センチな気分になります。

秋の取り入れが、終わり 大豆 小豆 ささぎ豆 栗 銀杏 きのこ、そして

里芋や 大根 白菜などの収穫 冬囲いが終わると、ホット一息して、

軒に下げた、干し柿越しに差し込む、弱い日差しに、寂しさと物悲しさを感じます

冬至が過ぎ 正月になると、寒さは厳しくなりますが、日一日と長くなる日差しと

『新春、初春」などの言葉や、賑わいから、もう新しい「春」の方にこころが向いて

晩秋、初冬の頃とこころもちが違います。

アルバムを開いて、満開のミヤマキリシマや、緑の草原、夏景色を見ると

わずか半年前のことが、はるかに遠い昔のことのようで、またこんな季節が来るのだろうか?、、、、ひょっとしたらもう二度と来ないんではないだろうか?

などと馬鹿なことを思います。

二月になり、庭の水仙があたまを覗かせるころから少しずつ心が膨らんできて

フキノトウ、蕨、ぜんまい、藤 つつじのころは、息をするのも苦しいくらいに

張り裂けそうになります。その頃、九重に登り満開のミヤマキリシマの花のなかに身を置くと、心臓をキュウーと握りつぶされそうな 大きく息をしないと 酸素を取り込めないような、 そんな心もちになります、

そして、夏のころは開放感、あけっぴろげで苦しさがありません。

季節の移ろいと共に、人の暮らしも、食べ物も、仕事も、そして「心」も変わってきます、昔、乳飲み子を連れて田、畑に行き、畦に籠に入れて寝かせていると   

「春より、秋の方が子がよく泣く」そうです。

私達、九重の田舎の自然の中で生活していると、 季節と同じように「心」や「気持ち」まで 四季があります。

 

干し柿の隙間からこぼれる日差し
干し柿の隙間からこぼれる日差し
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2010年

11月

19日

渋柿取り

 今日はお天気もよく、一昨日やっと稲こぎが終わりましたので、柿取りに行きました。   今年は何度も言いましたが、柿がありません。

先週の土、日に熊本 鹿児島 宮崎方面に行って来ましたが、何処も柿が沢山なっている、所はありませんでした。

ですが、やっぱり「おわて」の秋は軒先に干し柿が下がらないと、物足りません。

それで、少しですが、なっている分をとりました少ない分割と大きいです。

私の家の柿は、一つも成っていないので、親類のおじさんの所の柿を貰いにいきましたが、大きな木で田んぼの端にあります。

おじさんの子供のころから余り変ってないそうですから、おそらく150年は経っていると思います。

そんな木に登ると、50年前の人も、100年前の人も、ひょっとしたら150年前の人も 

今日の私と、同じところの木の又に手を掛け、足をふんばり、少し怖くておなじスリルを、あじわい、同じ風に吹かれながら、同じ思いをして柿をとり

同じ太陽で乾かして、同じ味の干し柿を食べることができます。

なんだか、遠い昔この木を植えた人や、50年、100年前の人と、同じ感覚で、お話が出来るようで、不思議な感じがします。

今までに、どれだけ多くの人が、この木の干し柿をたべたのでしょう。

この木があるかぎり、50年、100年先の人も今日私が木に登って感じた風を、

感覚を、感じて同じ味の干し柿を食べることでしょう。

一本の柿木を通して、150年前の人と 100年先の人がお話ができるような気がします。

こんな古い大木が、だんだん少なくなってきました。

過去と、未来をつなぐこんなきを大事にしていきたいと思います。

渋柿は 八月ごろまだ青い渋柿を取って、叩きしゃいで、カメに入れて、柿渋をとります、 防腐剤になります。投網をつけてピンとしました。

また、渋の抜き方も、焼酎やドライアイスで渋を抜く「あおし柿」や、お湯につける、『湯あおし」 塩水につけて渋を抜く方法もあります、

それぞれ、味が違います。 干し柿も ようやく渋の抜けたやわらかい物から

硬くなるまで干して、粉をふかせるなど干し柿にも色々あります。

また、ヘタが取れたり、落ちて割れた物などは、甕に入れて柿酢を作ります。

「木戸の甘柿、福をかきこむ。鬼門の渋柿、悪しきをかきだす」と昔のひとは言ったそうです。

みんなで干し柿を作って、渋柿を大事にしましょう。

柿取り
柿取り
柿剥き
柿剥き
干し柿
干し柿
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2010年

11月

18日

銀茸

 今年の秋は夏が暑かったせいか、秋に出るキノコが多いそうです。

ハツタケ、アミタケ、オオギタケ、ヌメリイグチ、ホテイシメジ、ブナハリタケ、ナラ茸  クリタケ、チャナメツムタケ、クリフウセンタケ、ムキタケ、そして最後のほうにシモフリシメジ私達の所では銀茸と、言います。

特に今年多かったのは、ハツタケ、ホテイシメジが多かったように思われました

私は、マイタケ、ムキタケ、銀茸が好きで 特に銀茸のご飯が、美味しいです。

銀茸は 生きた松の根元に出来ます、

ハツタケは、若松に、出来ますが、』銀茸の方は老松の方に出来るような気がします。

銀茸は、マイタケ以上になかなかありません。

私が知っている木は、二本しかありません、でも一本の木でも割と沢山出ます。

今年は秋になって雨が少なかったので、銀茸が去年よりも少ない様です。

銀茸のご飯に、ムキタケ(こうむき)のお吸い物 アミタケの佃煮が一番美味しいようにおもいます。

皆さんはどうですか?  

ギンタケ
ギンタケ
ギンタケ
ギンタケ
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2010年

11月

07日

お風呂友達

 

 私の家では家族とウーフの方といつも七、八人大人が居ますので、

お風呂は、近くの共同温泉に行きます。

大抵はウケの口温泉です。 一般の方は200円ですが、

地元の人は、一応無料ですが、毎週水曜日の夜に交代で掃除に出ます。

毎日 同じ時間ごろに行くと、同じような人と一緒になります。

私の24歳の娘も、仕事の帰りに同じ時間帯で行くんですが、お風呂の中で

背中が痛い話を、近所のおばさんにしたところ、 次の朝 家に電話があり

「是非早くお医者に行くように、自分の知り合いの人も同じような症状で大病を患ったので、夕べは心配で眠れなかった」

そう言って、何処の病院がいい、と教えてくれました。

背中が痛いことは知っていましたが、余り気に留めませんでした、でも その一言で、その日の午後、お休みをとって病院に行ってきました。

親子以上に年の離れた、お風呂友達のひとが、親以上に娘のことを心配してくれることは、本当にありがたいことです。

他人でも、親の知らない、裸の付き合いができる、お風呂友達ができる、

本当に共同温泉のいいところです。

みんなが、大きな家族のように、付き合えることが、田舎のいいところです。

是非飯田高原に来たら、ウケの口温泉に行ってみてください 

少し熱いです、鉄分が多くて 茶色に濁っていますが、湯冷めしません

地区の人たちが、いつも入っています、地元の話を聞いてください。

24時間いつでも入れます。

ああ、そうでした、娘の背中はただの、筋肉痛でした。

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2010年

11月

01日

古家住まい

 

 この前NHKのTVを見ていたら、『無縁社会」とか言う、番組をやっていました。

見た方はいますか?

隣、近所や、社会と余りかかわりを持たずに暮らしている人が多い、社会と言うか

そんな人が今は多いんだそうです。

私達、田舎に暮らしていると、なんだか信じられない様な気がします。

私の、今住んでいる家は、古くて段差が多く ふすまと障子で仕切られていて

鍵のかかる部屋は 一部屋もありません。

バリアフリー でもプライバシーも何にもありません。

毎晩、共同温泉に行くので、身体的プライバシーももちろんありません。

部落持ち回りで税金を集めますので、経済的にも、ある程度オープンです。

代々ここに住んでいるので、親族親、兄弟、の隠し事も出来ません。

すべて、いいところも、悪いところも、知って、知り尽くして、その上でみんな 

お付き合いをしています。

人間誰でも、知られたくない事、見られたくないところや、恥ずかしいところ

醜い汚いところも誰にだってあります。

家族の仲でも、夫婦や 親子だってあります。

プライバシーの余り無い、田舎や、古家に住んでいて思うことは、自分にとって

都合の悪い事を (見せない、聞かせない、教えない)のではなくて

見て見ぬふり、聞いて、聞こえぬ、知って、知らぬふりをする 心使いをみんなが、することを教えることだとおもいます。

田舎や 、襖 障子に暮らす昔の人は、そうやって来たように思います。

生身の人が、生きていくには、誰にでも 色んな恥ずかしいところや、醜い見られたくないところもあります。

いいも、悪いも、みんな受け止め さらけ出して、思いやりと こころ使いで

『無縁社会」などと言うのを、無くしたいと思います。

田舎は 都会ほど、便利が良くなく、快適な暮らしではありません。

でも、みんなで、助けあって、支えあって、『無縁社会」とは無縁な暮らしです。

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2010年

10月

31日

冬の使者

 

 おとといの二十九日に我が家の庭に、ジョウビタキがきました。

ジョウビタキは、すずめくらいの大きさで、翼に白い班がありお腹茶色の、割と人を恐れない、鳥です。

日本には、冬鳥としてやって来て、来年の三月ごろまで 人里近くで冬を越します。

毎年、我が家の庭に来ますが、果たして去年と同じ鳥なのかは、わかりません。

でも、遠いシベリアの果てから、あの小さい体で、自分の翼だけを頼りに、

海、山、千里を超えてはるばる、我が家の庭に、去年と同じ様に来てくれたかと思うと、とてもその鳥が、いとしい様な可愛いような、なんともいえない気持ちになります。  来年の春まで安心して我が家で越冬してほしいと思います。

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2010年

10月

26日

大変 たいへん

 いよいよ飯田高原で、架け干しの残っているのが 我が家だけになってしまいました。

私の家は、農協に全く出荷せず、何とか皆さんのお陰で、自家販売でお米を全量さばいています。

ですから、私なりにアホみたいなこだわりを持って全部架け干し、で天日乾燥しています。  一町八反のうち晩生の緑米だけ未だ刈っていませんが、あとの稲刈りだけで約二十日かかりました、  六反くらい稲こぎが終わりました、

一週間くらい前、緑米の中にイノシシが入り、混ぜられ、急いで網を張りました。

おわての近くの田んぼでは、架け干しの稲が、イノシシにやられ、きれいに架けてあった、稲を引き抜かれ、あとの始末に一日かかりました。

そして、おとといの朝強風が吹いて、架けてある稲が 倒されてしまいました。

それの修理に三日かかり、その間他所の人は全部終わってしまい、お天気の悪い日が続くようになり、気が気ではありません。

今度は 台風が来そうな模様です。

もし、台風が来て、また架け干しが、倒れたら、、、、、、、、、

来年は、「コンバインにする」と奥さんが息巻いています、。

アア大変です。 台風が来ません様に皆さん、私と一緒に神様にお願いしてください、、    誰か 助けてください。

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2010年

10月

19日

お葬式

 お盆過ぎから 今まで私の近くで三回お葬式がありました。

おわてのある、部落ではありません 両親が居る部落ですが、三回のうち隣保班内が二つありました。

隣保班の中で死人が出来ると、すぐに近所誘い合わせて「おくやみ」に行きます。

悔やみ駆けつけで、お数珠だけ持ってお悔やみにいきます。

そして、その日か 次の日『お夜伽」に手伝いに行きます。 そのときはお夜伽米と言って、白米を一升持って行きます。以前はお参りに来た人全員にお膳を出していて

お煮しめ 酢物 煮豆など簡単なお膳に、供養酒を出して帰りに お夜伽(およとぎ)菓子を貰って帰ります。

その加勢に、男の人は、受付 女の人はお膳の準備などを加勢していましたが、

今は、簡素化でお茶だけ出します。

持って行くのも、お米の人は少なく、大半の人がお夜伽米料です。

お葬式の日は、朝から二人づつ出て、受付や お斎(おとき)の加勢をします。

お坊さん迎えの人は、御仏飯米(おぶっぱんまい)を一升持って、お葬式の時間に間に合うように、お寺まで二人でお迎えに行きます。

ずっと以前は、お参りの人全員にお斎を出していたので、おおごとでしたが、今は親族と、講中(隣保班の人)の分ですので、100そこそこ 親族の多いところは150人前くらいの家もあります。

加勢に行く、講中の人はお野菜と、米一升です。

今は、家でお葬式をする人が、少なくなり公民館、お寺 葬儀場などでしますから

隣近所の家を借りることも少なく、お斎も弁当の家があります。

ですから、御壺 御平 伏せこみなどと言っていた漆の八重椀を使う家も少なくなりました。

おわてのある部落は、少し昔が残っていて、大抵家でお葬式をします。

隣の家が、大抵お斎(おとき)で、その隣が、花作りの家で部落のひとが、講中と花作りに、分かれて、花作りの人たちは、障子紙、金紙、銀紙などで上手に蓮の花を

朝からお葬式の時間までに作ります。

以前は、蓮だけでなく、牡丹や菊なども作っていたそうです。

今は、みんな火葬なので、「しかばな、六道」などは作りません

簡素化の勧めや、埋葬の変化、高齢化などでお葬式も私が子供のころと、大分違ってきました。

冠婚葬祭、全てが『家」から出て行きました。

簡単にはなりましたが、以前に比べお金がとてもかかります。

以前はお葬式は『無常講」と言って、野菜や、米を近所の人たちが持ち寄って

花を作り 箸をかきして、みんなで「おくり」をしていました。

いつの日か、お葬式も、近所の人たちの講中組から業者の手に渡りお金のかかる

セレモニーになるんでしょうねえ。

そうなると、又一つ、『家」から「いのち」が消えていくような気がします。

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2010年

10月

15日

ポポーが豊作

 今年は春先が寒の戻りで寒かったせいか、成り果物が不作です。

梅 桃 グミ スグリ スモモ 銀杏 柿 みんな余りよく出来ませんでした。

そんな中で、我が家では 栗とポポーが豊作です。

皆さんはポポーと言う果物を知っていますか?

アケビを大きくして 緑色の 柿ノ木のような木の 香りの強い マンゴーとパパイヤと

パイナップルをいっしょにしたような 寒いところで出来る 南国の香りのする果物です

色々言うより今度写真を載せます。

私は子供のころから知っていて 私の父も知っていて 近所の今年102歳になるお婆さんも知っていて そのお婆さんの家に大きな木がありました。

皆知っていると 思っていたら以外にも、この前、ある会合で出したら 東京から来た人も、福岡から来た人もみんな初めてでとても珍しがられ、私のほうが驚きました

果物でも 野菜でも 、農家にはあるけれど、商品としてお店にはでないものがあります。 

経済的に採算に合わなかったり、日持ちしなかったり、沢山物がなかったり、

色んな理由で、市場にでないものがあります。ポポーもそんな果物と思います

柿などはお店では、富有柿型の柿が主流ですが、農家の庭先には 丸かったり 

とがっていたり、ゴマが入っていたり 色が黒かったり

お店に出ない、種の多い色んな柿があります。

色んな、お店には無い、珍しい 美味しいものを食べに田舎に来てください

ポポー
ポポー
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2010年

10月

13日

稲刈り

 今年は九月十四日から始めた稲刈りが十月十一日で大方終わりました。

後は晩生の緑米を三畝程です。 

仕事の都合や お天気按配などでなかなか計画通りに行きませんが、

今年は台風も来ず、一度も架け稲が倒れることもありません。

沢山の人たちに、加勢をしていただきました。

今からは、晴天が続けば稲こぎです、後十日もすれば新米ができます。

私の家では、全部バインダーと言う 稲を刈ってくくってくれる、機械で稲を刈り、竹竿に架けて、約二週間ほど天日乾燥させてから、稲こぎをします。

少し長いですが、乾燥機に入れずそのまま籾で一年間保存し都度都度精米します。

玄米貯蔵が日本の95パーセント以上で籾で貯蔵しているところは、自家用の保有米がほんの少しです。

今頃になると、新米がもてはやされますが、籾で貯蔵していると、米の味落ちが少ない為か、今朝から新米でも、言われないとわからず仕舞いの、時があります。

お米の味は毎年違うようです、豊作でも美味しいとは、限りません。

今年のお米の味はどうでしょう?

あと 、十日が待ち遠しいです。

是非、おわてに、新米を食べに来てください。

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2010年

10月

08日

ナバ取り

 今年は夏がとっても暑く、九月になっても雨が少なかったので、普通九月の中ごろに、出るはずの、ハッタケが今頃が出盛りの様です。

今日は朝から小雨で、みんなお休みにしました。

夕方三時半から、 近くの野原にナバ取りに行きました。

ハッタケ、アミタケ、オウギタケ、ヌメリイグチなど松に共生する、草原のナバが沢山ありました。

そうでした、初めに言って置かねばなりませんでしたが、私達の所では、キノコのことをナバといいます。 

ですから、シイタケ栽培農家のことを、ナバ山さんといいます。

ハッタケは、少しでも傷つくと、そこが緑色に変色し、ボソボソした食感なので、初めての人には、何ですが、好きな人にはマツタケ以上に好まれます。

私の家では、初茸ご飯によくします。

アミタケ、とオオギタケは よく一緒のところに出ます。

アミタケは熱すると、薄紫に変色します、ヌメリが出ますので、佃煮にヌメリイグチとオオギタケと一緒にします。

ヌルヌルで美味しいです。

この前は、栗拾いで布引(ぬのびき)が沢山ありました。

真っ白いキノコで、薄暗い林の中で、晒しの木綿を、敷いたように十メートルくらいの長さに列をなしています。

私達の所では、ぬのびきとか、人形茸とか言いますが、本当の名前はなんでしょう?

お豆腐汁やなべで食べました。少しクセがあります。でもキノコ臭いです。

今から、ナバが楽しみです

ハツタケ、アミタケ
ハツタケ、アミタケ
布引(ぬのひき)
布引(ぬのびき)
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2010年

10月

01日

芋より栗

 今年は、春が寒かった関係で、成り果物があまり豊作ではありません。

梅 桃 梨 柿などが とても少ないです。

私は、まだ確かめていませんが、山のドングリも少ないそうです。

ですが、なぜだか栗だけは 割と多いようでどの木にもイガが付いています。

そのせいか、今年はイノシシの被害が多く人郷で良くイノシシを見かけます。

私の家でも、去年まで出なかった、田んぼや 畑が被害に遭います。

屋敷の中の栗が毎晩やられます。電気柵をしていますが、完璧ではありません

栗はよほど美味しいと見えて、本当に全滅に近いです、しかし そのすぐ横のサツマイモは、全くやられません。

栗の枝の下に少し黒大豆を植えていて 今が丁度枝豆で食べごろですが それには見向きもせず、栗だけやられます

豆よりサツマイモ、サツマイモより栗のほうが 美味しいのでしょうか?

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2010年

9月

30日

新聞紙に思う

 この前こんなことがありました。

私の家は色んな方がきていて、皆一緒に生活しています。

その上に、農業体験の中学生や、大学生の人が何日か泊まりで一緒に暮らしています。 

そんな中で この前畳の上にある新聞を踏んだ人が居ました。

私は、新聞や、本 書物など『字」の書いてあるものは、踏むのは良くないと、教えられ自分でも、書いた人の思いが込められている物を踏むのは、何か良くないように思い注意をしたのですが、。。。。。 

その日か、次の日地下足袋をはいて、外仕事をしていて、用事で家に帰りどうしても

座の上のものが、入用で地下足袋を脱ぐのは十枚くらいコハゼがあり面倒なので新聞紙を敷いて、一足踏み込んで入用のものを取りました。

そのとき「おじさん、新聞は踏まんほうがいいよ」、、、、、、、、。

そうであります。新聞は字が書いてあります。

でも、言い訳ではありませんが、同じ新聞紙でも 彼が踏んだ時と 私が踏んだ時とでは、同じように踏んでも何か違う様に思うのです。

皆さんはどう思われますか?

口に出すのは難しいのですが、私にはやはり何かちがうように 思います。

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2010年

9月

24日

あげたへ さげたへ

立待月
立待月

 今年の中秋の名月は九月二十二日でしたが、あいにくの雨でしたので、二日遅れで二十四日の夜に、飯田高原の小学三、四年生と、私達の部落八軒を回って『名月様」をしました。 

旧暦八月十五日は中秋の名月で『芋名月」です。

各家々で芋の蒸かしたのやら 団子 栗などをミイ(豆や穀物を選別する物)にいれて お月様の見えるところにお供えします。

それを 子供たちが「あげたへー、さげたへー」とその家の人にきいて 「あげたばい」

と返事をもらったら お供え物を 探していただいて帰ると言う、行事です。

子供たちは芋や お菓子 まんじゅう など とてもたくさんお供え物をいただいてきました、その日は、十七日で、立待ちの月の日で、風もなく、本当にきれいなお月様でした。きっと良い思いでになると思います。 

あげたへさげたへ
あげたへさげたへ
お供え物
お供え物
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2010年

9月

19日

白鳥神社秋祭り

お神楽
お神楽

 九月十七日から十九日まで三日間 私達の氏神様の白鳥神社の秋季大祭がありました。 

御祭神は、日本武尊(やまとたけるのみこと)です 

昔、昔 近江の国の千の松原と言うところから 私達の村に来ました。

大字、田野(たの)の氏神様です。

十七日のお下りと 十九日のお上りの、時に楽打ちと言うのがあります。

十八日の中日の夜にお神楽をしました。

私達のお神楽は、大正の終わりころ大分の賀来神社から佐藤菊太郎と言う方から私達の先輩の人たちが教えを受け、今に伝わっています。

今は総勢十二人と浦安の舞の女性十人ばかりの社中です

普段は 農業の人 牧場をしている人 お勤めの人 自動車修理の人などが お祭りの日には 白衣に烏帽子、狩衣で舞ほしゃになります。

田舎では 食べ物だけでなく 郷土芸能にいたるまで すべて自給自足です。

プロパンガスの配達の兄ちゃんが太鼓をたたき、

自動車修理のおじさんが、大蛇になり、 ダンプの運ちゃんが姫になり、

精米所のおじさんがスサノオノミコトを演じます。

何とか いつまでも続きますように。

大蛇切り
大蛇切り
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2010年

9月

12日

いろんなお客さん

 一週間ほど前、軒に下げたとうきびが、風もないのに二日続けて落ちました。

ところどころとうきびを食べた跡があります、なんだろうと、思いながらたいしたことでもないので、気にも留めずにいたところ、今度はビニールハウスのぶどうが、食べられています。  人間が食べるように皮だけだして、木の下に沢山あります

いよいよ、何だろうと、思っていたところ、犯獣がわかりました。

うちの犬がとても、吠えるので家内が気づいて、見たときに屋根に大きなサルが二匹居たそうです。家の犬はハルノと言う名のミニチュアダックスです、その犬が裏の山まで追いかけて行き、しばらく吠えていたので、二日ほど来ただけで来なくなりました。

猿は、農家にとってはやっかいな、動物です。木には登るし、知恵は多いし、色んな物を食べます。なかなか防ぎようがありません。

 今日はまた、同じぶどうの木で、テンが捕れました。

猿が来なくなってほっとしていたところ、またぶどうが毎日やられます、今度は、食べ方からして、テンだろうと思ってトラップを掛けていたら、次の朝テンがかかりました。     みなさんは テンと、イタチの区別がつきますか?

テンはイタチより大分大きくて顔が黒くのどに黄色かオレンジ色のきれいなところがあります。そして足が先のほうが黒色です。 それに比べイタチは全身同じ色です。 写真を載せますので見てください。

夕べも蜂取りにいきました、今年で八個目です。

蜂が出たり、猿や テンや、田んぼにイノシシ 畑に狸 とアナグマなどなど 飯田高原の我が家には いろんなお客さんが遊びに来てくれます。でも いま一番困っているのは、収穫前の田んぼに群れて来ている、麻挽き(カワラヒワ)です。多い時には200羽くらい群れてきてもう畦のほうは、二畝くらい何にもありません。

私の勘定では一日に、籾で五升くらいづつ食べているように思われます。

日本は米余りだから少しくらいは、と思ってはいますが、我が家の田んぼばかりに 集中攻撃で来ます。 案山子は今の鳥にはあまり利かないようです

テンのオスの夏毛
テンのオスの夏毛
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2010年

9月

03日

もう少しで稲刈り

 九月になっても暑い日が続きます。

例年、九月の二十日ごろから稲刈りを始めていましたが、今年は熟れが早いようで

二十日を待たずに稲刈りができそうです。今日までかかって稗引きをしましたが 田んぼの中に入って見ると結構穂が熟れています。毎日お天気が好いからでしょう。

それはいいんですが、このまえ 大分県農政事務所からのお呼びで 振興局に家内が話を聞きに行って来ました。

それによると、22年10月から米トレーサビリテイ法がスタートするそうです。

悪徳業者が事故米を食米として売ったのでそのようなことがないように作った法律のようです。  伝票や表示が少し難しく複雑になります。 役所の人から見れば簡単な伝票でも私達百姓には、とても難しいように感じます。

 私のいえの米は、科学肥料は一切使わず、鴨の雛を田に入れて除草剤も農薬も

種の消毒薬も使いません。また 刈り取りも全部竹竿にかけて天日乾燥です。そして一年籾で貯蔵し月に二度皆さんからの注文で都度都度玄米、白米 七分搗きなどにします。

それは まず第一に、機械乾燥では重油代や、乾燥機がいるからです。

天日乾燥なら機械も重油もいりません。いるのは手間と、時間です。竹は切っても,切っても一年で大きくなります、最後は小さく切って薪にします。

また籾貯蔵なら味が落ちません、玄米貯蔵は保冷庫が要り、電気代が掛かります籾なら電気代も、保冷庫も要りません。そして籾は生きています。

二年、三年経っても、蒔けば芽がでます、玄米は芽が出ません、種になりません。

できれば、寸前まで生きていた物を食べたい、そのほうが、生命力がある様に思うからです・

だから、私の作る米はJASでも未検査米です。検査を受けるには、秋に全部玄米にしないと、都度都度少量では、検査してくれません。してもらうととても高くつきます。そして今年から、JASの田んぼを減らしました。五反分だけJASにしました。

どうしてもJAS規格の付いた米が良いと言う人がいますので、その人用で後の方はJASマークを付けません、ですから有機などの表示ができなくなりました。

でも、全部作り方も保存法も変わりません。

全部JAS規格を受けると、申請料 検査料 講習料などで約60000円くらい掛かります。その上アホらしくなる様な申請手続きがいります。 

一生懸命、環境だ、健康だ、エコだ、などと思えば思うほど、馬鹿らしくなってきている、今日この頃です。  愚痴を聞いていただいてすみませんでした。

 明日から頑張ります.       家の米を今年も宜しくお願いします。

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2010年

9月

01日

蜂の巣取り

八月二十六日の夜、今年初めて蜂の巣取りに行きました。

 今年は例年に比べ私達のところは蜂の巣が少ないです、この前TVで今年は夏がとても暑く台風が来ないので蜂が多い様に言ってましたが、私達のところではとても少ない様です。普通八月中に十個くらいは,たのまれがあるのですが、今年初めて    

近くの別荘から頼まれて二個取りに行きました。

まだ、小さくバレーボールを少し大きくしたくらいでした、私達が言う赤蜂でキイロスズメバチです。

風の強い夜でした。蜂の子は巣の割には沢山入っていました、その晩出して少し食べました、多い年は七十個くらい頼まれます。家の軒先 屋根裏 床下 野山の地面や 

お墓の中 色んなところに巣をかけます。キイロスズメバチ オオスズメバチ

クロスズメ モンスズメ ミツバチ色んな蜂の駆除を頼まれます。

全く刺されない年もありますが、たいてい、何回か刺されます。去年も三か所刺されました。 取り方は又書きます、硫黄と炭で取ります

蜂の子を出しています
蜂の子を出しています
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